えーと。本日2度目の更新で。なんとなーく。
「人の存在価値について」、学校でそういう講演があったんですが。
あたしなりの意見でも。
…まず、存在価値っていうのはどーゆーものかと。
自分が楽しめることが在るからその為に生きてる、とか、友達がいるから、とか、なんかもう生きてるだけで楽しい、とか。
色々ありますが、結局は誰が何と言おうと、自分の存在価値なんて自分が決めるものじゃないですか。
だれかが、あんたはこういう人間だから、だからしっかり生きていきなさい、絶対楽しいことがあるから、とかそんな抽象的な言葉を言われても、ピンと来ませんよね。
何故なら?
人それぞれ考え方が違うから。
どうしても。
自分がなんで生きてるのかとか、どうして生きなくちゃいけないのか、とか。
生きてるのが楽しい人だって、辛い人だっています。
その人全てに共通する考え方、価値観なんて存在しません。
だから価値観なんてものは誰かが決めるんじゃなく、自分で決めるものだと、そう思いますね。
自分が自分のことを生きてる価値がないとか考えちゃってる人もいるはずで、でもそうした人の為に出来ることって、なんでしょうか。
自分で価値観を決めるはずなのに、自分が自分を諦めてちゃ価値観なんて分かるわけない。
だから、そういう時の為に「自分以外」が存在するんじゃないんでしょうか。
自分だけではどうしようもない問題が起きたなら、助けてもらえるのは自分以外。
価値観とか言う前に、もう存在したくないとか思った時に、何も言わずにそこに居てくれる人、例えば家族とか友達とか。
下手に何かを言われても、何の慰めにもならずに余計に傷つけてしまうかもしれません。
他者は何も言わずそこに居るだけで、何らかの支えにはなれるのでは?
とりあえず、そこから考えていきましょうよ。ね?
自分じゃどうしようもできないからこそ、自分以外がいるんだと。
そこで初めて助けてもらって、そこから価値とか考えたらいいんじゃないでしょうか。

…と、まぁこんな感じで考えたわけですよ。
所々イミフメイなところがあるかもしれませんが。
突発的なものですので、お見逃しを。

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