しとしとと朝から降り続く雨の音を聞きながら、持ったままの書物を閉じた。
外での鍛錬が出来ぬとあって、正直暇を持て余していた。
道場に繰り出そうにも供に付く忍は留守にしており、他の家臣達も雨など構わず忙しく働いていた。
そんな折に道場に行きたいなどと言えるはずもなく、大人しく書を読んで過ごすことにした。
しかしそれも長く続くものではなく、飽きてしまえばやはり外に興味を惹かれる。
せめて傘でも差して散歩にと思えど、一人で外出すれば後で恐ろしいことになるのでそれも出来ない。
縁側に座り込んでぼんやりと空を見上げた。
食物を育てるのには恵みの雨だが、今はただ上から下に落ちてくる水の滴としか思えなかった。


かさり


雨粒が屋敷や地面、木々に当たれば音がするのは当然のことだが、幸村の耳にひとつだけはっきりと聞こえた音。
普段なら気にも留めない小さな音で、雨にかき消されるはずだったそれが聞こえた時、緩く開かれた鳶色の目が色を取り戻して見開かれた。
庭の隅々に目を走らせるがその姿を見つけることは出来なかった。
だが、気の所為だとは思えずそのまま天井を見上げて、声を掛けた。

「佐助?」

天井から返す言葉はなく、その姿も視界に収めることは叶わない。
帰っているならば、声掛けに何の反応も示さないなど佐助に限って有り得ないことだ。
杞憂であったのかと息をつく。
佐助が戻ってきたなら自分のこの退屈も物足りなさも、雨の所為か沈みかけた気分も全て引き上げてくれるだろうに。
そして再び庭に目をやれば、飛び込んできたのは屋根に逆さまにぶらさがる、今の今まで考えていた忍が、いた。
「ぬぉお!?さっ佐助ぇ!」
「何変な声出してんの。ただいまー旦那」
驚く幸村には慣れたものでひらりと飛び降りて庭に軽々と足をつけた。
「おっお前っいつからそこに!」
「ん?帰ってきたのはちょっと前。旦那が天井見上げてぼーっとしてるから、声だけ掛けとこうかなと思って来たんだけど」
「そ、そうか、よく戻った」
何とか落ち着こうと目の前に立つ佐助を見上げた。
この雨の中を駆けて来たのだろう、頭から足まで水を被ったように濡れている。
「とにかく上がれ。そのままでは風邪を引いてしまう」
「いや、遠慮しときますよ。ほら俺様こんな格好だし、上がったら廊下濡れちゃうし」
「廊下など拭けば済むだろう」
「っわ、ちょっ」
下がろうとする佐助の腕を掴むと逃げられる前に強引に縁側に引っ張り上げる。
2人して廊下に転がり込むと、諦めたのだろう佐助が苦笑する。
「…あーあ、びしょびしょ」
鉢金を外す佐助の頭に部屋から持ち出した手拭いを被せてやる。
随分と雨に打たれていたのかすっかり冷え切った体は熱を感じさせない。
佐助は元々体温が低いが、これは些か心配になって手を掴んだ。
「旦那?」
「…冷たい」
「そりゃ旦那に比べたらねぇ」
「分かっておろうが意味が違うぞ」
「承知してますって」
繋いだ手を冷やさないようにと佐助はあっけなく手を離した。
佐助らしい気遣いだが、繋いだものを離されるのは幸村に少しの寂しさと喪失感さえ感じさせた。

そこにいるのに、戻ってきたのに、佐助が離れようとするのが心が嫌だと言っている。
濡れて重くなった忍装束をばさりと脱ぎ捨てると軽く丸めて水を搾り出す。
被せられた手拭いで適当に髪を拭く佐助をじっと見つめる。
「…俺様そんなに男前?穴があいちゃいそう」
幸村の視線に気付いている佐助は笑いながら冗談を飛ばす。
いつもの佐助の軽口なのだから、馬鹿者とでも言っておけば良かったのにこの時はそう言えなかった。
そう言われたことで意識してなかったことまで意識してしまい、途端に顔が熱くなった。
雨に濡れたことで橙の髪はぺたりと肌に張り付き、鼻と頬の戦化粧も薄くなってしまっているし、何より、今は昼間だというのに夜の時のような、艶やかさとでも言うのか、とにかく色香が、佐助に、その。
「…え?」
「っ、口に出ていたか!?」
「いや出てないけど、顔赤いよ?」
「ちっ違うぞ!別に佐助のことは何も」
「ふーん、顔真っ赤にするようなこと考えてたんだ。なーに考えてたのかなー?」
違う、と言いかけて首を振った隙に佐助が懐深く滑り込み、気付けば目の前に楽しそうに笑う佐助の顔があった。
「んな、っ」
「顔見て言ってよ、俺様に見惚れてましたーって」
目を合わせてこようとする佐助から逃れようと勢いよく首を背ける。今の自分のこのような顔を見せるのなど御免だ。
「ぃ、やだっ違う」
「じゃあ破廉恥な方向?」
「っ!さすけ…っ!お前はすぐにそのようなことばかり」
確かに佐助の言い当てたことは図星であるのだがそれを肯定など出来るはずもない。
顔を上げずに思い切って肩を掴んでとりあえず距離を取った。
「へらず口は良いから早く湯を使って来い!風邪を引いても知らぬからな!」
幸村が誤魔化したがっていることは分かっているので、佐助はこれ以上言及するのをやめてあっさりと攻防戦を終えた。
丸めた上着と手拭いを持って立ち上がるが、それを目では追えないので幸村はさっさと背を向けた。
「へーい、それじゃありがたく頂戴してきますかね」
手拭いで濡れた廊下をさっと拭く佐助の気配を感じながら、振り向かずに言葉を掛けた。
「上がればすぐに俺の部屋へ戻れ」
「?一度忍庵に戻ってこようと思ったんだけど…その後じゃだめ?」
「だめだ。着替えてそのまま来い」
「はいはい、承知致しましたっと」
首を傾げながら廊下の先へ消えた佐助がいなくなってからようやく壁と向き合うのをやめた。
一人になった部屋は相変わらず雨の音しか聞こえない。
(いや、まだその辺から佐助の「小助ー、湯沸かしてー」とか言う声が聞こえるが)一人になれば顔の熱も引くだろう。
佐助が再び戻るまでには平常でいられなければ困る。
忍庵に戻ろうとする佐助にすぐに部屋に戻れと言ったのは、今しがた湯殿へと追い出した癖に同じ屋敷にいるなら此処にいてもらいたかった、という行動と感情が入り乱れた結果だ。
今幸村が頭から追い出そうとしている事実から分かることは、水の滴る佐助は目の毒だという本人には決して言えぬことだった。


「…で?旦那は何してんの」
「見ての通り、髪を拭いておる」
「それは分かるんだけどさ、なんでそんなことしたがるのよ」
しばらくして湯から上がり戻ってきた佐助を引っ張り込み、障子を閉ざして部屋の真ん中に座らせた。
幸村はその後ろにちょこんと座り、新しく用意した手拭いで乾いていない佐助の髪をわしゃわしゃと拭い始めた。
それがやりたいが為に忍庵に戻らず真っ直ぐに部屋に来いと言ったのかと合点はいったが、その理由が佐助には分からなかった。
特に意味がありそうなことでもなく、理由をつけるほどでもないいつもの幸村の思いつきであれば付き合うことに異論はない。
幸村の手つきは一見荒々しいように見えて実は丁寧だ。
幸村の中にある佐助への労わりや幸村が本来兼ね備えている慈しみや優しさが、触れた先から伝わる。
髪を傷めぬように、力を入れすぎぬように。
何となく落ち着かなくなり、幸村の顔をちらりと見上げると、じっとしておれ、と前を向かされたので大人しくされるがままになる。
「俺が良いと言うまで後を向くでないぞ」
「あいよー」
あらかたは湯上りに拭いておいたので放っておいても乾くだろうに、それにしても楽しそうだ。
「あのように濡れて帰らずとも、雨宿りをするなりして止んでから帰れば良かったのではないか?」
「ああ、最初は小雨だったから行けるとこまで行ってて、本降りになってからは雨宿りも考えたんだけど、」

―――会いたくなったから。少しでも早く帰りたくなった。

「(だから俺様どしゃ降りの中駆けてきたんですー、なんて言わないけど)ここまで濡れちゃえば同じことかなと思ってさ」
「慢心であるぞ佐助!少しは…自分の体のことも気遣え」
「ん、そうだね。でもこうして旦那が髪拭いてくれるんなら得したかも」
まったくお前という奴は、と呆れながらも照れくさそうに笑う幸村の声を聞きながら、目を閉じた。
他の誰でもない幸村を一人占めできていることが佐助を何より満足させていた。
待っていてくれるひとがいる。だから多少の雨風など佐助の足を止める妨げにもならないのだ。
誰かの手で髪をかき混ぜられるのが、こんなに心を安らげてくれるものだと知りもしなかった。
そう思えば、そわそわと所在なげだった感情も穏やかに凪いでいく。
「…なんか、さ」
「どうした?」
「…落ち着く」
ふぅと息を吐き出せば髪を拭く幸村の手が止まり、手拭いをぎゅうと握り締めているのが分かった。
すると幾分もいかぬ内に再び動き始め、喉の奥から洩らす声は確かな嬉しさを含んでいる。
「なーによ」
振り向くなと言われたので体勢はそのままで幸村に問うてみる。
「いや拙いことなのだが、思うことは同じなのだなと嬉しくなってな」
拭き終わったのだろう、手拭いは取り除かれてあちらこちらに跳ねる橙の髪を元に戻そうと梳いてくる。
「同じ?」
「佐助はいつも俺の髪を拭いてくれるだろう?髪を結われる時もそうなのだが、気持ちが良くて仕方ない。
お前は落ち着くと言ったが、それを佐助にしてやれると思えば嬉しいぞ、俺は」
共通する感情が、与えられるだけの一方的なものが、互いに安らぎをもたらすことが出来る。
それが嬉しくて仕方ないのだと、幸村は言う。
それに応える言葉なんて、考えるまでもない。
腕を伸ばし、幸村の頭をそっと抱え込む。
くせのない持ち主の気性を表したような真っ直ぐな髪に触れて、柔らかな頬に両の掌を滑らせた。
そのまま見上げると突然の佐助の行動に目を瞬かせる幸村と視線が交わる。
深く意味する所のない口から零れ落ちただけの言葉だったのかもしれなくとも、心を例えようも無い温かなもので埋めてくれた。

光のようなこのひとの傍で 俺はあなたを護り続けるよ。

その時の佐助の表情は幸村しか知らない。たった一人にのみ向けられる、特別。
佐助に触れられている頬に熱が宿り、返す言葉も出てこず固まっている幸村の額に、佐助しか知りえない小さな誓いを落とした。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

よ、ようやく完結…。長い!仕上げるまで時間かかりすぎだろー。
最近雨降ってましたからねぇ、雨の日の主従をお届けです。
書いてる時に、背後にいる幸に触れて見上げる佐助がイメージとして浮かんで、これいける…!と思って即採用。
悲しきかな文章作る能力が足りないときましたが、愛だけは込めてます。
最近よく思います、自分の文章力構成力その他諸々の力が全然足りないなぁと。
どうやって磨けばいいんだろう…。
上手な方の作品に触れて刺激を受けて、少しずつ自分の引き出しを増やしていくしかないんでしょうね。

佐助が背中を見せるのは幸村だけです。忍ですから背後取られたら終わりなので、他の誰にも背中を取らせはしません。
例え日常の中でも、無防備に背を見せるなんて有り得ない。
その佐助が背を託せるほどの存在が、一人のみだということ。
髪云々の話も、髪を括る時は背を向けなきゃいけない。
武士でも忍でも背を見せることの危険性は同じですが、そこに揺るぎようも無い絆があるから安心して背を向けられるわけで。
2人の間にある共通する感情、他者には入り込めない何かを、なんとなく掴んでいただければ、嬉しいです。


携帯のアラームが朝を告げる。
毎日決まった時間に規則正しく鳴り続け、眠りから意識を浮上させる。
布団から億劫そうにのろのろと手を伸ばし、枕元に転がっていた携帯のアラームを解除した。

「ん…」

それだけの些細な動作だが無意識の反応を返してしまうのは、今も隣でぐっすりと眠っている同居人だ。
起きる気配はなさそうだが、眉間に皺を寄せてむずがる。
かわいいなぁとすっかり覚醒した頭で思いながら、あやすようによしよしと撫でてやる。
まだ彼が起きるには早いので、起こさないように静かにベッドから抜け出した。
遮光カーテンを開けば朝の光が遠慮なく差し込んでくる。
ベッドに光が当たらないよう片方だけ開いて寝室を出た。

まずは洗濯機を回し、その間に洗面所で身支度を整える。
制服をいつも通り適度に崩して身に着け、髪をヘアバンドで一気に上げてしまう。
朝の忙しい時間の中では一つ一つに時間を掛けられないので、満足する出来に仕上がるとすぐに次にやるべきことへ移る。
キッチンの椅子に掛けてあるエプロンをつけてキュッと後ろ手に紐を縛る。
ここからは男子高校生ではなく、母のような役割になる。
鍋に湯を沸かし、冷蔵庫から食材を取り出していく。昨夜の内にタイマーで仕込んでおいた炊飯器も頃合だ。
手際良くまな板の上を包丁が音を立てていく。
朝食と同時にお弁当も作る上、相手がそれはもう美味しそうに沢山食べてくれるので作り甲斐もある。
まぁ量も種類もそれなりにあるが、あっという間に平らげてしまう。
今日も美味かったぞ!と笑って言われると、そっかぁと嬉しくなるのだから、明日も、夕食も、より一層手を掛けて作りたくなるのだ。
ひとしきり作り終えて後は弁当箱に詰めるだけというところで、洗濯機が完了を知らせる。
火やら水やらを止めて洗面所に向かえば、静かになった洗濯機から洗われた洗濯物を籠に移してベランダに運ぶ。

空っぽになった籠を抱えて部屋に戻ると、テレビからは目覚まし時計のアイツが時刻を告げてくる。
もうそんな時間かと時の流れを実感すると籠を置いて今度は寝室に戻った。
布団を抱え込んですぅすぅと寝息を立てているのはずっと見ていても飽きることなどないが、起こさずにいるという選択肢はない。
休みの日であればこのままゆっくり寝かせてやれるものの、平日の今日はそうもいかない。
気持ちよく眠っているのを起こすのはかわいそうだが、心を鬼にして思いっきりカーテンを開けた。

「幸、朝だよ」
「……ぅ」
「ほーら起きなさいって、幸。ゆーき。幸村ぁー?」

肩を揺すると覚醒を嫌がって布団の奥へと引っ込んでしまうが、そうはさせないとばかりに布団をひっぺがえす。
抱きしめる布団がなくなったのと部屋が明るくなったことでようやく意識を浮上させる気になったようだ。
閉じられていた目が眠そうに開かれるが、まだ半覚醒状態なのですぐにでも眠りに落ちてしまいそうだ。

「…さすけ?」
「おはよー幸。ご飯出来てるよ。着替えて顔洗っといで」
「…うん」

もぞもぞとベッドから這い出し、ぷるぷると頭を振る。睡魔を払う為だろうが、どうにも愛嬌を誘って可愛らしい、と思うだけで言わない。
そのまま洗面所に確かな足取りで向かったのを見送って、キッチンに戻り、朝食を準備する。
弁当を作った時に一緒に茶碗についでおかないのはいつでも温かいものを食べてもらいたいからだ。
テーブルに2人分の朝食を並べた頃、制服に着替えた幸村が椅子に座る。佐助がその向かいに座ると同時に手を合わせた。

「「いただきます!」」

それからは時間の許す限り朝の時間をのんびり楽しんだ。
テレビの占いで何位だとか夕方には雨が降りそうだとか、他愛のない話だがそれが心地良かった。
この時間を得る為ならば多少朝が早くても構わない。
佐助も人間であるのでたまに寝坊して幸村共々教室に滑り込んだりもするが、それすらも幸村となら悪くない。
片付けを終えてそろそろ家を出なければならない時間が迫る。
先に荷物を持って玄関で待ち、まだ奥にいる幸村に声をかける。

「幸ー忘れ物しないでねー?」
「無論!今日はお館様の授業があるからな、昨日何度も確認したぞ」
「ほんっと大将のこと好きだねぇ」

ばたばたと駆けてくる幸村の後には尻尾髪が揺れている。
幸村のことに関しては逐一世話を焼いている佐助なので、髪も当然手入れをかかしたことはない。
今は幸村が朝支度をした時に適当に結んだままになっているが、それも学校に着けば佐助が梳いて結び直している。
鍵を閉めて外に置きっぱなしの自転車を引っ張り出す。
前の籠に2人分の鞄を乗せると、前に幸村が、後の荷台に佐助が乗っかる。
だが弁当だけは佐助がしっかりと抱えているのだが、その理由は知れている。

「よし佐助、乗ったか!」
「乗ってますよー、今日も頑張ってね幸村~」
「行くぞ、掴まっておれよ!」
「あ、言っとくけど安全運て―――だってばぁぁぁぁ!!!」

幸村が漕ぐと毎度ながらエンジンついてんじゃないのかと思うほど豪快にかっ飛ばしてくれる。
一応注意はするのだが、聞き入れてくれたことがない。
さっすがサッカー部。体力も元気も有り余っている。あ、俺様も同じ部だけど。
鞄の1つや2つ落ちた所でまた拾えばいいが、弁当は落ちたら悲惨なことになる。
その為、とりあえず弁当は守ろうと佐助が持つことにしている。
漕ぐのを代わればいいのだが、どうにも幸村が譲らない。
何から何まで佐助がやってくれるから、俺も佐助の為に何かやりたい!ということらしいが。
ただ佐助は幸村に限定で世話を焼くのが好きなだけだというのに。
物凄い勢いで過ぎ去る景色を何となく眺めながら、弁当を抱えていない片手で幸村にしがみついてみた。
むおっ!とか変な声が聞こえたが気にせず頭を背にくっつける。

「ゆーき」
「なんだ佐す、ふぉっ!?」
ごそごそと意図せず腹の辺りをまさぐる手に驚いてスピードが多少収まった。
「こらっ佐助、やめぬか!くすぐったいではないか」
「くすぐったい?え~幸が掴まってろって言うから掴まってるだけだよー」
「ならば手を動かすのをやめろ、というのに、さすけ!」
「やーだ。ちょっ幸村っわざと揺らすのやめて!弁当落ちる!俺様の愛情弁当が落ーちーるー!」



――――――――――――――――――――――――――――――――――

今回は初の学園設定の佐幸でお届けしました。
戦国だと色々と制約があるけど、学園だとやりたい放題できるのが楽しいです。
主従じゃないとか幸村が立場気にせず甘えられるとか佐助が色々遠慮しなくて済むとか(笑)
「幸村」って名前で呼べるのが一番大きいかな。
「旦那」だと戦国とごっちゃになっちゃいそうだなぁと思いつつ、基本は「幸村」とか「幸」。
現代だとオリジナルで出来ますけど、今回は学園の方でやってみました。
続き書きたくなったら書こうと思うんで、繋げやすいようにタイトルもそれっぽく。
ちなみに2人は高校生ですけど同居してます。朝、ピンポーンって起こしに行くのもいいんだけどさ…!
寝起きのとこから書きたかったから同居設定作りました。
戦国の幸なら目覚めは良くて鍛錬三昧ですが、学園の幸は朝弱いといいなぁ…という希望から。
多分一番楽しかったのは私です。。  

―――― 一つの時代が 終わった。

世に蔓延りありとあらゆる魔を凝縮して人の形を得た悪意の存在が、討ち果たされた。
織田に蹂躙され散った者達の意を継ぎ、大きく時代が変わろうとしている。
眼下に見えるは四方八方より攻める反織田連合軍。
魔王を失い、統率力を失った織田の残党は烏合の衆も同然であちこち逃げ惑う姿が見えた。
この安土の城もほとんど崩壊し、主なくしては存在できぬように後は朽ちるのみであった。
「……終わったな」
時には戦い時には手を組み、共に織田に真っ向から立ち向かってきた奥州と甲斐。
文字通り全力で魔王を討った。
一人では立っていることもままならないので、互いに肩を組んで荒れ果てた安土の地を見おろしていた。
「……終わりましたな」
これからは織田なき世で再び誰かが天下を掴もうと戦いを繰り広げるのであろう。
このまま休戦などは戦国の世では有り得ないのだから。
しかし各国の諸将が同じ目的の為に集い、共闘したという事実だけは消えることなく残り続ける。
「また乱世が始まる、か」
「承知の上。例え貴殿が相手であろうともこの幸村、決して負けぬ」
何度跳ね返されても、何度倒れても、果たすべき夢がある。
「それにしてもよくここまでの戦力が集まったもんだ。西国の連中を動かすたぁ前田の風来坊もやりやがる」
海からの援護射撃に軍勢を率いての参戦。いずれ敵になるとはいえ、今は頼もしいことこの上ない。
「まみえたことはありませぬが、あれに見えるが四国の長宗我部に、中国の毛利でござるか?」
まだ見ぬ強敵に心躍らせる幸村がそれを見つけ、屋根から身を乗り出した。
肩には政宗を抱えているので心のままに動く幸村に否応なしに引っ張られる。
「ッ真田!テメェ急に動くんじゃ―――、ッ!?」
「うおっ!?」
散々砕けた屋根の上だというのに、幸村が不安定を物ともせずに動くので、瓦礫に足を取られて体勢が崩れる。

そうすることが当然であると、両方から伸ばされた腕が転びかけた両者の体を支える。

「もう、何やってんの。魔王倒したくせにこんな所ですっ転ぶなんてやめてよー、かっこわるい」
「ご無事ですか、政宗様」
「おお佐助!」
「小十郎…、よく戻った」
両従者はそれぞれ主の体を抱き起こすと無事であったことに顔を安堵に緩める。
奥州の双竜は一言二言言葉を交わすと、小十郎が政宗の肩を支えて背を向けた。
「次に会う時は」
「決着の時、でござるな。更に精進を重ねて必ずや某が勝ってみせまする!」
「――強くなれ、真田幸村」
それは唯一認めた好敵手の成長を願うもの。
共に並び立ち、いずれは乗り越えて先を掴む為に強くなってもらわねば困るのだ。
この乱世を生き抜き、決着を果たす為に。


「旦那は、だいじょうぶ?」
伊達軍の元へ戻った双竜を見送った幸村を、静かに佐助は見ていた。
そしてこの場に2人以外いなくなったのを見計らって声を掛けた。
声をかけられた幸村は佐助の方を振り向くと、何がだ、と逆に問うた。
「満足そうな顔してるけど、そういう時こそ自分の怪我には気づかずに放ったらかすからねぇ。痛いとこない?大丈夫?」
「心配性だな佐助は。俺はこの通り平気だぞ」
「ほんと?ならいいけど」
本当だ、と苦笑する幸村には大きな傷こそないものの、魔王との戦いで負った傷はあちらこちらに見られる。戦装束も随分と汚れてぼろぼろの状態だ。
魔王との戦の激しさを言葉なくとも物語っている。
連合軍が勝利したという事実も勿論佐助には重要だが、それよりも優先すべきことはいつだって目の前の主のことだけだ。
怪我をしたとなればすぐにでも手当てしてやりたいし、独眼竜と共闘とはいえあの圧倒的な破壊力の前にはただではすまないことも分かっていた。
勝てるか勝てないかどちらに転ぼうともおかしくなかった。
それでもただひたすらに主を信じて送り出したのだ。
その背を、その命を、一番近くで守ってやりたかったけれど、あの戦いに立ち入ることは無粋で許されないと思っていた。
あの竜の右目ですらも主に全てを託して、自らは織田兵の掃討に当たっていたのだ。
守るべき主が危険に晒されても、手を出せないというはがゆさを抱えながら、無事を願い、信じ続けた。
そして結果、織田を倒してみせた2人の主はその命と共に無事に戻ってきた。
それにどれだけ安心したことか。
心を抉られるような思いを堪えて見守った末に、見せてくれた何よりも尊いその笑顔に。
どれだけ佐助が心揺らされたのかを、きっとこの主は知ることはないだろう。

「佐助」
「ん?なーに旦那」

呼ばれた名に顔を上げて幸村を見れば、何故か眉を寄せて頼りなげな表情を浮かべた幸村がいて。
どうしたのと尋ねる前に幸村の手が伸びて佐助の腕を掴んだ。そのまま顔を佐助の肩に押し当てると、はぁ、と息を吐いた。

「だんな?どしたの、やっぱりどこか痛む――」
「……駄目だな俺は、やはり佐助がいると駄目になってしまう」
「…は?」

いきなり何を言い出すのかと思えば、心外だ。自分がいると駄目だなんて今まで言われたことはない。
例えそうだとしても今この場で言うことはないだろうに、相変わらず読めないひとだと何処か他人事のように思った。
「俺がいない方がいいってこと?旦那ぁいくら俺様でも傷つくわそれ~」
そうだと肯定されれば多少、いやかなり落ち込むだろうが。
聞きたくないが聞かなければすっきりしないので、誤魔化せるように茶化した口振りで聞けば、幸村は弾かれたように顔を上げて佐助を見上げた。
「誰がそう言った!天地が引っくり返ってもありえぬ!だから、俺が言いたいのは、その」
ぎゅ、と掴まれた腕に力が込められる。強い眼差しの鳶色の目がこちらを見据えている。
言い出しにくそうにする幸村のきっかけの為に、佐助は、言ってごらん、と柔らかく促した。
「うう…、だからな俺は、佐助がいると…どうしても、頼ってしまうから、」
「…甘えちゃう?」
「…かもしれぬ。だが、こうして終わってしまえば俺の意地などどうでもいい。…さすけ、よく無事でいてくれた」
確かめるように掴んだ手は佐助の首に回り、頭はことんと胸に預けた。
佐助も応えて腕を腰に回して引き寄せた。
「…それ俺の台詞だと思うんだけどねぇ」
「そう思ったのだから良い。俺の傍にお前がいて初めて戻ってこれたと実感できる」
首にかかる息は落ち着いており、頬に触れる髪はこそばゆくも全てが大切でたまらない。
自分がいると心頼りにしてしまうと言ってくれたが、それはこちらも同じこと。
幸村が佐助に甘えるのと同時に、佐助はそうして幸村を甘やかせることが嬉しいのだ。
彼を知る奥州や前田の者は、それは甘やかしすぎだと半ば笑い話で言うが、それこそが異なる見解であることに気付いていない。
幸村を甘やかしているように見えて、実は佐助が幸村に甘えていることに。
それは遠い昔、年下の彼を生涯唯一の主と決めたあの日から―――猿飛佐助、唯一の我侭と呼べるものだった。
腰に絡めた腕に力を込めて幸村の体を強く抱きしめた。髪に顔を埋め、言葉を耳に落とす。
ありがとう、生きていてくれて。
「―――ご立派でした…よくぞご無事で」



この変わらぬ温もりが、この先もずっとここに在り続けるように。
これからもきっと何度も同じような思いを味わうのだろう。
時代は巡り、流れ、また戦が始まる。
繰り返されるその中でただひとつ、変わらないものがあるとするなら。
このひとを大切だと、愛しく思う気持ちだけ。


「さて、俺らも降りよっか」
「うむ!帰ってお館様に御報告せねば!」
ひとしきり互いの感触を確かめあった後、武田軍と合流すべく下に降りようと幸村の手を引いた。
「っわ!」
すると何かに躓いたようで前のめりにふらつく幸村を咄嗟に抱える。
「旦那!……もー、気をつけてよ」
「はは、こういう所だ、佐助といると気が抜けて敵わぬ」
「ほんと危なっかしいなぁ。これがほんとに魔王倒したひとですかー」
「言うな!」

 



――――――――――――――――――――――――――――――――――

最終話、主従の会話がなかったんで補足ー!信長倒した後の城の屋根での会話があればいいな、と思った結果です。
幸村は一点集中型なので、全力で戦った後はきっとバタンと電池が切れたように倒れるタイプだと思います。
政宗を支えてるようで実は幸も支えてもらってるとかよくないですか(笑)
で、張り詰めてた所に佐助がきたら、ふっと気が緩んでしまう。
幸にとっての落ち着ける場所はいつだってあの忍がいるところなんだよ。


うぉわっ!!
ごくつなアンソロに大好きな真田主従の作家さんが…!まさかごくつな描いてたなんて…!
広いネット世界で同じジャンルの同じ2人を同じ組み合わせで好きになってる方が、別のジャンルでも好きカプが一緒とか…運命だこれは(笑)
読み返しててびっくりした。この絵柄みたことあるなぁと思って名前見てみると、あの方ではないか!と。
2つとも同じジャンルが好きで描かれてる方は沢山いますけど、好きカプまで同じ方にはそう会えませんよね…。
びっくりした!ほんとにびっくりしたんだ…告白でもしてこようかな(笑)

暑すぎる。

2009年6月18日 BASARA SS

「旦那…俺様、だんなのこと好きだけどさ…これは無いわ…」


「そうだ佐助、」
「なになに、解放してくれんの?」
「違う!川だ。後で川に行くぞ。汗かいた分水浴びするでござる」
「旦那のは水遊びでしょ。はいはい何処へでもお付き合い致しますよ。だからさ、だから…離して下さいお願いします」
「嫌だ」



――――――――――――――――――

こんな感じの馬鹿話を書きたくなったんでメモ代わり。書いたら消しますー。

偵察任務を終えて上田へと帰還する道すがら、陽もあまり差し込まない薄暗い森の道なき道を駆けていると、視界の端に微かに金色が映り込んだ。姿そのものは捉えられなくとも気配を辿れば分かるその正体に、何となく声を掛けたくなって踏みしめた枝を逆に蹴って身を翻した。
常人ならば追いつけない忍の足についていけるのは同業者くらいだ。
少し目を離そうものなら捉えきれないほど遠くまで駆ける忍は、速さには少しばかり自信がある。
だが逆を言えば同業者の追跡は並大抵では振り切れないということ。
自らの主に敵する者であるなら仕留めなければならないが、必ずしも敵とは呼べず、かと言って同盟を結んだ味方でもない追っ手に気付き、前を走る忍は苦虫を噛みしめたような顔を浮かべる。
枝から枝へ華麗に飛び移りながら距離を稼ごうとしても、一定の距離を保ちつつ、決して見失わない速さで後を追われるといい加減嫌気が差したのだろう。
足を止め、一つの枝に重心を置いて腕を組んで忌々しげに睨み付けてくる冷視線も慣れれば何てことはない。

「何の用だ、…猿飛佐助」

口を開くのも嫌だと言いたげな吐き捨てた言い方であろうとも、話を聞く気になってくれたならそれでいい。
向かいの枝に飛び移ると、いつものようにへらりと笑みを浮かべ挨拶代わりに右手を上げる。

「元気そうじゃん、かーすが」
「…何の用だと聞いている」

問いに対する返答ではないことに、眉間の皺が一層深く刻まれた。綺麗な顔してるのに勿体無いこって。
相変わらず嫌われてんなぁ俺、と苦笑するしかない。

「いやぁ用があるってわけじゃないんだけど、お前見つけたから世間話の一つでも―――って苦無しまえって!」
「うるさい!わざわざお前如きの為に割いた私の時間を返せ!」
「そんな冷たいこと言うなよ、大体用がなけりゃ呼び止めちゃダメって?」
「私に構うなとずっと言ってきただろう!」

次から次に繰り出される無数の苦無を最低限の動作だけでかわし、その間に一気に距離を詰めれば喉元目がけて鋭利な切っ先が振り下ろされる。相変わらず容赦がないとは思うが、忍になりきれない年若いくのいちは、自分を嫌っていても殺すつもりがないことは瞳を見れば分かる。
忍が感情を出してどうするよ、と忠告すれば更に怒りを増幅させてしまうのは予想の範疇なので思うだけで口には出さない。
散々投げつけられた苦無の内の一本を拾って、振り下ろされるそれを防ぐ。
静かな森だったはずが、似つかわしくない金属の音が響く。

「くっ…」
「物騒な女だねぇ。別に上杉探りにきたわけじゃないんだし、もうちょっと穏便にさ」
口調は軽いままだが、刃を合わせた状態の二つの苦無は均衡を保ったまま動かない。
睨みつけたままのかすがの表情に微かな揺らぎが認められる。
かすがも込められる力は込めているはずなのに、目の前の橙の忍からは余裕の色が消えることはない。
忍としての力量以前に物理的な力の差を嫌でも感じたのか、悔しそうに苦無を滑らせて打ち払った。
「…言っておくが、お前が謙信様の地を探ろうと言うのなら、あのお方に害を及ぼすなら、お前もあの暑苦しい主も私が殺すぞ」

それは何も憎さばかりで言った言葉ではなく、悔しさと苛立ちがさせたものだろう。
主の命令なく勝手に動くことがどれだけ忍の道に反した振る舞いであるかは分かっているはずだ。
今この場で何がという真実味を帯びたものではなかったとしても、
自分の主が易々とやられるはずがないと知っていても、頭では分かっていながらも佐助に一瞬の動揺が生まれた。
 
 あのひとが、赤に染まるのは、―――

飄々とした表情が突然消え、急に真剣さを帯びた佐助に不穏な気配を感じ取ったのか、かすがは思わず枝を蹴り距離を取った。

「あー……」

息を吐き出しながら顔を片手で覆う。そのまま髪をかきまぜて、普段より低音の声を飛ばす。

「…誰が、誰を、殺すって?なぁかすが、――――」
「な…」

ゆっくりと顔をあげた佐助にもはや普段のふざけた様子は見られない。
隠すことのない確かな敵意を目に浮かべ、冷めきったそれからは情の欠片も感じられない。
かすがが謙信を思うのと同様に、主に牙を向けるならば容赦をしないのはどちらも同じだった。
かすがの言葉が本気でなくても、そうなってしまう先を例え一瞬でも想像してしまっただけに、抑え込んだ忍としての冷徹な面が顔を出した。

「俺も構いすぎたかもしれないけどさ、言葉には気をつけろ。後で言葉のあやだと弁明してもそれで済まない事もある」
「…確かに、拙い発言だったことはすまないと思う、が」

俯いてぐっと手に力を込めた。感情に動かされない猿飛佐助があの発言だけで逆上したとは思えないが、気に障ったということは分かった。
目の前の忍を動かす原動力とも言える主を、失うかもしれない未来を、思わせたことに。
決して触れてはいけない部分に、頭に血が昇ったからとはいえ安易に言葉にしてしまった自らの拙さを悔やんだ。
逆に考えれば自分も謙信を嘘でも殺すなどと言われれば、佐助以上に怒り狂うことは見て取れる。
少しでもその可能性があるのならその場で息の根を止める行動に出るかもしれない。
だが、罪悪感を覚えて俯いたままのかすがの耳には、あっけらかんとした忍の声が聞こえた。


「ってことで、俺様もう行くわー。旦那へのお土産持ってたんだよね、固くならない内に食べてもらいたいし」
「……は?」

今の今まで張りつめていた雰囲気はどこへやら、一転したそれについていけないかすがは不審そうに眉を吊り上げた。
しかしその言葉通りさっさと姿を消しそうな佐助に、立場が逆転したかのように今度はかすがが呼び止める。
「おい待て!何だそれは!」
「何が?」
「お前さっきまで人を目で殺しそうな顔をしていたくせに、何だその態度の変わりようは」
「あぁ俺のことはどうだっていいんだけど、旦那のことを言われた時は流石に血が沸騰しそうだった。でも覚悟はあっても実行する気はないこと分かってたし、俺様がついてるからかすがに旦那がやられることはないしなーと思って」
「ふざけるな」
「そのふざけてない俺にびびってたじゃん」
「う、うるさいうるさい!お前など何処へなりと消えてしまえ!」
図星だったのか不機嫌そうに怒りを露わにして、持ったままの苦無を佐助に投げつけた。
別の枝に飛び移ってかわし、足だけで天地逆にぶらさがってかすがを見降ろして、曖昧に笑う。
「かすが、お前さあ…もう少し落ち着け。忍がそんなじゃ大事な謙信様に心配されちまうぜ」
「お前に言われなくても分かっている!」
「ほらほらそういうとこ。…お前見てると危なっかしくてさぁ、妹みたいで保護心が湧くんだよなぁ」
「誰が妹だ!」

ほら、そうやって感情に任せて突っ走る所とか、…あのひとに、似てるんだよ。
時折旦那とかすがが重なって見えるのは目の錯覚だとしても、危なっかしくて放っておけないところも、似てる。
ころりと態度を翻したのも、血に染まる旦那が頭に浮かんだ時に、目の前のかすががうなだれたから。
旦那のように素直じゃなくても、覇気をなくして俯く姿が記憶の中のあのひとと重なって、思わず緊張感が吹き飛んだ。
それと同時に無性に会いたくなって、お土産の甘味を口実に帰りたくなったのは事実。
かすがのことは、俺が見ていなくても軍神がいるから大丈夫だ。
ただ、命を投げ打って主に尽くそうとするそれは黙ってみているわけにはいかないから、憎まれてでも何度だって止めるだろう。
きっと軍神もかすがの死を望まない。
主を思うなら、何があっても生き抜いて、いつも手の届くところで、守ってやりたいんだ。

「何、阿呆面をしている、変な奴だな」
「ひっでぇかすが!こんな男前の兄貴つかまえてー」
「お前のような兄などいるか!」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

佐幸(真田主従)前提の佐助とかすが。
あ、一つだけいいですか。佐かすじゃないです。 表記するなら佐+かす。
ていうか佐かすは無理です。コンビはいいけどCPは無理。佐助には幸じゃなきゃ…私はダメです。
検索で飛んでくる中には「佐かす」が結構あるんですよねー…ウチにはないのになぁ。
でもまぁ…確かに佐助とかすがの話は書いたことないよなぁと思って、書いてみました。
佐助にとってかすがは妹です。恋愛はないです。てか私は佐かす書きませんもん(笑)
突っ走るとことか旦那に似てるよなぁってことで、保護心からの世話焼き佐助。
旦那見てると抱きしめたくなるのと一緒で、かすが見てるとちょっかい出したくなる心理でしょうかね。
それでうっとうしがられる兄貴的な感じ。
かすがは未来永劫謙信一筋な印象が強いので、余所見なんてしなさそうですし。
いや、アレだな、忍って主大好きだよなぁ…主愛されまくりですな。
ってことで、また!
あ、BASARAのSSコンテンツ分けましたんで。てゆか何作書いたか数えるのが手間…いえいえ。

刀を振るうのが厭だと言った
誰かを傷つけるのが恐ろしいのだと
ぐずる子の背を擦って宥める

大丈夫、と言い聞かせるように抱きしめた
だってあなたはあのひとの血を引いているんだから
あのひとがあなたの中で呼吸をしているんだから

小さな若君、いつかきっとあなたも分かる
かつて紅蓮の鬼と呼ばれたあのひとが 戦うことを望んだ理由を
誰かの為に自分の手を染めることを厭わない強さを


さすけ、と泣きながら呼ぶ声が あのひとの声に聴こえた
あのひとに あなたは一歩ずつ近づいていく


嗚呼 もしも待ってくれているのならば もう少しだけこの子を見守る時間を下さい
幼子を抱いて見上げた空は泣きたくなるほど赤く 今も消えないあのひとの色を目に焼き付けさせた


――――――――――――――――――――――――――――――

猿飛佐助、主に頼まれた最後の仕事。
死にネタかどうかは受け取られる方次第ですが…、私自身はそうではないと言い張る。
死にネタは読む方も書く方も悲しいですから。生きて幸せになることが一番です。
じゃあ幸はどうしたんだ、と言われると、それは各々どう受け取られたかによります。
もういないのかもしれないし、何処かの地で佐助とは離れて生きているのか。
それはきっとふたりにしか分からないんでしょう。

ぴんと伸ばした紙の上に筆が丁寧に滑る。
遠く離れた地に住まう兄への久方ぶりの便りとあっては自然と気が入り、自分や周りの者の近況や兄の様子を気遣う書をしたためていた。
流暢とは言えずとも丁寧に、時に本人の気性を表すが如く力強く書かれたそれは、いずれ忍により兄の手に届けられれば執務に追われる心を解きほぐしてくれる。
幸村自身に自分の書に対してそのような心づもりがなくとも、共に過ごした懐かしき頃を知る兄にとれば何よりの便りだった。
最後に名を書き記して筆を置けば、肩からふっと力が抜けた。
墨が乾いて畳めるようになれば手のあいた忍に届けてもらおうと辺りを何気なく見渡した。

遠くから家の者の足音が聞こえる以外は取り留めて平穏で、特に主の私室辺りは騒がしくするものもないので緩やかな時間が流れている。
自らの配下だといえ、実の所、真田忍の各々の任務予定までは幸村は把握していない。
それは忍を取り仕切る長である佐助に全て任せてあり、佐助の指示の元それぞれが任務を果たすべく各地に飛ぶ。
平たく言えば今この時も忍の誰が屋敷にいるのかも幸村は知らない。
だがそれは、真田幸村が猿飛佐助に全幅の信頼を置いている証拠に他ならない。
昔、当時城主となったばかりで慌ただしく執務に追われる幸村の負担を、少しでも軽くしてやりたいという佐助の気持ちに端を発する。
そして佐助自身も、幸村が真田の跡を継いだと同じくして忍隊の長に任命され、両者共に目まぐるしい日々を送っていた。
若くして長に任じられた佐助はまず幸村第一を考えて隊の編成を組み直し、「真田」と任務に支障が出ないように調整しつつ、状況に応じて部下を各地に向かわせる―――その一つ一つを事細かに幸村に報告する余裕もなかった上、幸村も家を纏めるのに精一杯であった―――

「佐助」、といつものように名を呼ぼうとしたが、当時から優秀すぎる忍は朝から留守にしていた。
朝餉の途中に忍装束で現れた佐助は「ちょいと留守にしますんでー」とあっさりと告げた。
任務かどうかは聞いていないが、長期任務であればこの顔を見るのは当分ないのかと思えば途端に名残惜しくなる。
表情に出ていたのだろう、分かりやすく元気をなくした幸村に手が伸ばされて、口元をぐいと擦られた。
「ご飯粒。…そんな寂しそうな顔しないで、旦那が寝てる間には戻ってくるから」
ね?と柔らかく笑いかけられれば現金なもので、そうか、ならば早くゆけ、と送り出せるのだから自分の単純さをつくづく感じる。
急に態度を翻した幸村に、あれ、と肩透かしを食らった佐助は少々面白くなさそうに目の前にしゃがみこんだ。
「なんだ、早く行ってこぬか」
「…早く帰るって言えばこうなんだからなぁ。今度からその日帰りでも長期だって言っちゃおうか」
「そのような嘘をついてみろ、当分閨に入れぬぞ」
「げっ冗談!はいはい、さっさと帰ってきますよ」
慌てて黒い煙と共にたちどころに姿を消した佐助を見ながら、佐助がおらぬなら今日は団子を多く食えるかもしれないとささやかな期待を抱いてみたりもした。

いつものように鍛錬に勤しんでいると、普段なら佐助がそろそろ一休みしたら、と茶の用意をしてくれる。
そういえば以前、佐助が不在の折りに忍隊の皆がそれぞれ甘味を持ってきてくれたことがあった。
珍しいこともあるものだと有り難く全部食したが、あの後戻った佐助がまず俺に雷を落とし、そして怒りの矛先は皆に向いたという。
あの時の佐助はほんに恐ろしかった。皆にはすまぬことをしたと今でも申し訳なく思う。

「お茶をお持ち致しました御主人様☆なーんつって」
「海野、なんだそれは」

その声に振り返れば、縁側に盆に乗せた茶を持った海野がいつのまにか立っていた。
いぶかしむ幸村を気に留めず、ちゃっちゃと盆から湯呑を降ろして茶を注ぐ。
「俺の思いつくことに意味なんてないっすよ。深く考えないで、茶でも飲んで下さい」
あの長にしてこの部下ありを地で行く忍、海野はやることなすこと規格外で、時には佐助をも振り回す。
佐助や才蔵よりも古株なこともあり、言いたいことは何でも口にする。この忍に遠慮というものが存在するのかも分からない。
あっけらかんとした物言いと、物事に対して常に楽しもうとする考え方は忍らしからぬ奴だと思うが、忍に縛られず好きに生きろと言っているのは自分であるので正させる気もない。
「海野…団子が少ないように見えるのだが」
「アハハ気付いた?すんません、佐助から今日の分はこれだけって渡されてるから、それ以上はダメです」
「普段は5本だぞ、どう見ても3本しかないではないか…、佐助め何のつもりだ」
「前回のが影響してんですかねぇ。まあそうカッカしなさんな。大人しく食べちゃって下さい」
明らかに減らされた団子を睨みながら今は上田にいない橙の忍を恨んだ。
だが、いないということは、上手くすれば気付かれることはないということ。
直感でそう思い立った幸村は後ろに控える海野を勢いよく振り返った。
「…海野!」
「ダーメですよ、ダメ!普段ならコッソリ団子買いに行ってあげてもいいんですけど、今日は佐助が怒るし。ダメですダメダメ」
「今はおらぬではないか。そう駄目駄目と言わずとも良かろう」
「そうっすけど、幸村様も怒った佐助の怖さは身に染みてますよね。俺、怒られんのヤだもん」
「う……」
「それとも幸村様は俺が怖い怖い佐助に怒られてでも団子を召し上がりたいと」
「そのようなことは、ないが…、…相、承知。我慢する…」
「どーもー」
佐助がおらぬ内にとたまの贅沢すらもお見通しだったとは。かと言って減らすことはないだろうに。
一体どういうつもりなのか帰ってきたら問い詰めねば、と思いながら団子を齧る。
しかし何とか海野を言いくるめて使いに出したとしても、それが露見した時の佐助がどれほど怒りを覚える事か。
…その有様が容易に想像できてぶるりと体が震えた。
それでも普段よりも少ないそれに気分は当然下落し、あっという間に食べ終えた皿を意味ありげに見つめる。
控える海野がその視線に気付かないわけもないが、元凶になっているそれをさっさと片付けてしまおうと空になった皿に手を伸ばした。
「……幸村様、おかわりなんてないっすよ」
「分かっている」
「じゃあ腕を放してくれませんかね」
「…海野」
怒っているわけではなく、機嫌が少々よろしくないだけなのだが、普段からそこまで幸村の機嫌の浮き沈みに面するわけでもない海野が、眉を潜めて何事かと身構えてしまうのは仕方ないと言える。
対して幸村は皿を片付ける海野の腕を掴んだまま、ゆっくりと目だけ動かして見上げた。
時と場合によれば佐助に有効なこの手段も、使い方を違えれば恐ろしい武器に変わる。
顔の上部に影を連れたまま、見上げる目には明らかに部下への思いやりなど欠片も混じっていない不機嫌な色が浮かび、心なしか眉間に皺を刻んだ我らが主。
ごめん佐助。俺 今、超怖い。
叶うならこの腕を解いて退散してしまいたい。嗚呼、なんで俺今日幸村様係なんだろう。
「…はい」
「これを」
そう言って幸村が懐から取り出したのは丁寧に畳まれた文だった。海野の手に半ば強引に押しつける。
「兄上に届けてくれ」
単に仕事を命じられただけならば別に身構える必要もなく人知れず安堵したが、知ってか知らずか幸村は更に追い討ちをかけた。
「ついでに京に立ち寄り、京菓子を買ってきてくれ。なに、ついでだ。帰りはゆるりと戻るが良い」
「…京?…ってわざわざその為に…?方向違うような気がするんですけど」
「ついでだと言っただろう。日が落ちる前に行ってこい」
「…佐助の苦労が分かるわー…」
がっくりと項垂れた海野はそれからすぐに溜息をつきながら腰を上げた。
「じゃあ行ってくるんで、俺の代わりに他の奴つけときます」
「分かった、気を付けていけ」
「御意」

そうして海野が去った後は一人部屋で読書に耽った。
今思えばあれは俺の我儘で八つ当たりで、拙いことをしたなという自覚はある。
だがそれも全ては佐助が俺の団子を減らすからいかんのだ、と開き直って何処かの空の下にいるであろう忍の所為にして考えるのをやめた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



見通し?いやぁ曖昧。長くなりそうなんで、次に繋げようと思います。
そんな大それた話でもないんで、2話完結くらいで~。
留守の佐助に不機嫌な幸村、八当たりされる海野六郎。
食い物の恨みは恐ろしいんです。十勇士好きですすみません。
第3者目線ってBASARAの登場人物よりも自由にできる分、十勇士が出張るのがウチの特徴っぽい。
海六はもっとふざけさせようと思ったんですが…諌めるのはなんだかんだで貧乏くじ引く筧の役目だったはずなのに。
んー今回だけ今回だけ。
一応設定書くと海六は、本文にも出てきてますが佐助より才蔵よりも古株。
でも忍は年功序列じゃないんで長にはならない。というか、めんどくさがりなのでなりたくない。
周りに誰かがいると任せて奔放に自由に振舞えるものの、幸と一対一だと弱い。あの性格だから世渡りは上手いけれど、主には勝てる気がしない。
そういう奴です、海野六郎。

続き…はー、、、そのうち。

アニバサ公式ストーリー覗いてきたら、…さ、佐助が!佐助がァァァ!いや、違う主従が!
あ、すみませんネタバレではないですよ(笑)
てかネタバレもなにも…まだ放送されとりませんのでご安心を。
絶望と悲痛な面持ちの幸村を支える佐助、の図ですよね!?アレ、そうですよね!?
「アンタはここで折れちゃいけない」とでも言ってそうです。
幸を支えて奮い立たせるのって佐助ですか!?ええええかすがのフォロー終えてすぐ旦那の元へ戻ったの!?旦那の一大事だからか!
ライバルの独眼竜じゃなくていいの?真田主従でいいの?もうどんだけサービスしてくれるんですか。
いやまだ決まってないけど、そうなら凄く期待したい。
幸村の織田への闘争心を蘇らせるのは政宗で、「甲斐」でも「武田」でもなく、真田幸村という人間の心を支えられるのは佐助しかいない。
ほんとにそういう展開ならどうしよう。どうしたらいいの!?SSでも書きましょうか!?楽しみだなーv

佐幸見てるとたまに幸佐に遭遇したりするんですが、大抵旦那が男前すぎてかっこよすぎる。
可愛い幸も格好良い幸も好きです。
でも私はそれ以上に格好良い佐助が好きなんで、やっぱり佐幸派です。
「のどかでございますなぁ…」
「アンタと呑気に茶ァ啜る日が来ようとはな」
「某は団子さえあれば満足でござる」
「アンタはそうだろうよ…能天気はいいが気ィ緩めてふぬけんなよ」
「そのような体たらくにはなりませぬ!」
「分ぁった分ぁった、もっとcoolになれ真田」
「…む。…召し上がらぬのですか。この団子は甘さを抑えてあります故、食べやすいかと存じまする」
「旨いのは認めるが数は食えねぇ」
「ならば某が頂いてもよろしゅうござるか?」
「食え食え。っとに幸せそうに食うよなアンタは…そんなに甘味が好きか」
「大好物でござる!ですが、買ってきたものも無論旨いのですが、やはり佐助の作ったものが某は一番好きでござる」
「あの世話焼きの猿の忍か…忍がそこまですんのかよ武田は」
「佐助は炊事洗濯掃除何でもこなし、団子を作れば天下一品、忍働きは優秀であやつこそまさに忍の中の忍。
某には勿体ないくらいに出来た部下でござる。あれほどの者は天下広しと言えどもそうはおりませぬ」
「HA?聞き捨てならねえな、ウチの小十郎もそんくらい朝飯前だ。
朝は鍋底を叩いて大音量で俺を叩き起こし、朝飯は自家栽培のオンパレードだ。
あいつの料理の腕前は俺に引けを取らねぇしな。剣の相手をさせれば容赦なく急所狙ってきやがるし遠慮がねえ。
武将としても部下としてもあいつ以上の野郎はいねえよ」
「某の佐助が片倉殿に劣るとおっしゃられるか。いくら政宗殿と言えどもそれは譲れませぬ」
「残念だが小十郎に敵う部下なんざそういねえよ」
「いいえこの幸村の傍におりまする!佐助は飄々としていて真面目な印象は感じられぬやもしれませぬが、あれは裏を返せば任務に全力を傾けるからこそ!佐助は二心なく某に仕えてくれており、見目もあの通り爽やかで、大抵の望みは叶えてくれます」
「小十郎も俺がkidsの頃から仕えてる。剣の指南役も武将としての作法も一通りはあいつから教わったようなもんだ。たまに口うるさいがそれを除けば他の奴らの手本のような奴だ。見目を言うんならあの成熟した渋さはお前のとこの猿にはねえだろ」
「渋さなど佐助にはいらぬのです。佐助はほんに良い男で、あの顔で至近距離で見つめられる…と…某はもう…ああ、もう…!
心臓は早鐘を打ち…胸が苦しくなってたまらぬことも」
「んなことまで聞いてねぇよ!
いいか?どこの世に風呂から出れば褌持って待機している武将がいるってんだ。んな奴ァ小十郎以外に聞いたことねえ!」
「なんの!佐助も風呂上りには髪を丁寧に拭いてくれ、某が寝付くまで傍にいてくれるでござる!年もそうは離れておらぬし、兄のような存在で…何度未熟な某を支えてくれたことか」
「…とか言いながらアンタこの前、”佐助は口うるさくてかなわぬ”とか言って口尖らせてたじゃねえか」
「それをおっしゃるなら政宗殿も”膳に野菜ばかり並ぶとやってられねぇ”と愚痴を零されてたではありませぬか」
「…OKOK、埒があかねぇな。ここらで一丁決着つけとくか、どちらの部下が天下一か」
「望むところでござる!」



「「佐助(小十郎)こそが部下の中の部下!!!」」



「…旦那」
「…政宗様」

「さっ佐助!?いつのまに」
「小十郎…!」
「店先で何をぎゃあぎゃあと…恥ずかしいったらありゃしない」
「道行く者が皆振り返るほどの騒ぎを起こされるとは、少々自覚が足りぬようですな」
「い、いやこれはだなっ」
「お前らの名誉の為の」

「「問答無用」」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


私だけが楽しかった気がする。
すごく真面目にくだらない話を書きたかったんだ…。
部下を大事に思う主2人が部下の為にもめるという…ばっちり聞いてた部下2人はなんか恥ずかしいし嬉しいんだけどやっぱり騒ぎを起こしたからには止めなきゃいけない。
この後主2人は部下に引きずられて帰りながら説教を食らったと思います。顔うっすら赤くしながらね。
うちで真田主従、十勇士以外が出たの初めてですね。伊達主従登場。
筆頭はマジメなつもりがいつのまにか幸につられて言ってることおかしくなってます。
うちでは「真田」呼び推奨。
その内他の武将の皆さんも出せたら…いいなv
あー…会話文だけってほんと楽…。場面は想像してください、ね!
代わりなど何処にもいない
この世で唯一の愛しい存在
もし俺から奪うというのならば、例え閻魔だろうと容赦はせぬ





”たったひとりの”






真田幸村と猿飛佐助は、任務や執務など何もない日であれば、一日のほとんどの時間を共に過ごす。
幸村は特に用事がなくとも佐助の姿がなければ気に掛け、近くの者に行方を尋ねる。
対して佐助はそのような時には茶と菓子を持ってへらっと笑いながら現れ、そのまま茶を飲みながら話をして過ごす。
穏やかに流れるその時を慈しみ、出来るだけ時間と世の流れが許す限り持ちたいと思っている。
どちらともなく手が空けば傍に居たいと望むのだから、気付けば大半の時を共にあることが当たり前になっている。

読みかけの書物を棚に押し込み、畳に背を乗せてあちらこちらへ寝返りを打つ。
要するに暇なのだ。
鍛錬も済み急ぎの仕事もなく昼餉も終えれば特に用事もない。
私室で大の字に転がっていると、廊下の向こう側を佐助が歩いていたのが見えた。
普段の忍装束ではなかったので忙しいというわけでもないだろう。そう考えた幸村は佐助の後をついていくことにした。
追いかけたものの姿は見えず、廊下から佐助の部屋を伺えば、部屋の中央にすり鉢など何やら道具がずらりと並んでいる。
興味はあるが勝手に触れば雷が落ちるので、見るだけにしておかねばと近くに座る。
それから程なくして部屋の持ち主が戻ってきた。
幸村が部屋に上がり込んでいても特に異は唱えず、あっさりと、来てたのと見やる。
目に触れるような所には危険なものは決して置かず、いつ奔放な主が入っても構わないように配慮はしてある。
だが忍の部屋であるだけに本来はあまりずかずかと上がり込む場所ではないとは思うが、だめだと言った所で臍を曲げられるだけだ。ならばせめて物には触れるなと幸村には言い聞かせていた。

「暇なの?」
大人しく座っていた幸村の傍に座り、山から摘んできた薬草を広げる。
「暇だ」
一人で部屋にいてもつまらぬ、と呟くのを聞きながら一つ一つを用途別に振り分けていく。
「それはそれは。でも俺様はやることあるから構ってあげられないよ」
「此処にいる」
「話し相手くらいは致しますよ」
苦笑しながら佐助は薬草の余分な部分を取り除き、必要な大きさにちぎるとすり鉢に次々放り込んでいく。
摘まれて間もない青い葉がすりこぎに押し潰されると、草独特の青臭い匂いが立ち込める。
近づくと嫌でも匂うそれに、幸村は、う…と顔をしかめる。
「匂うなら離れてたら?」
確かにそれはその通り。薬草には大して興味も沸かず、怪我の時に口に放り込まれるのを除けば普段はあまり縁がない。
効能や名前を聞いた所で話の種にはなっても、覚える気にはちっともなれない。
佐助が飲めと渡してきたものを渋々水で流し込んでいるだけなので、幸村に薬草の知識がなくとも佐助がいれば事足りる。
離れろと言われても離れていたくないから此処に来たのに、これ以上距離をあけたくない。
しかしこの匂いだけはどうも苦手だ。
その結果、隣に座っているのをやめて、佐助の背に自分の背を預けた。
「なーにそれ。それで逃げたつもり?」
「少しはましでござる」
「残ー念、これからまだ匂い強くなるかもよ」
「…その匂いは何とかならぬのか。味もひどいぞ」
「味より効き目に意味があるの」
薬草をすり潰す佐助の微かな振動が背中越しに伝わってくる。肩に頭を乗せていても振動で次第にずり落ちそうになる。
腰の力を抜けばずるずると畳に滑り落ちてしまうだろう。
「試しに餡や蜜を入れてはどうだ。苦いより甘い方がいい」
「俺が作ってるのは菓子じゃなくて薬なんですけどねぇ。余計不味くなるだけだからやめときなって」
潰しては加減を見て指に乗せて舐めて確かめているのを腕の間から見ていると、不意に目の前に薬草が乗った佐助の指が差し出された。
匂いと共に以前飲んだ時の苦味の記憶が引きずり出されて、ばっと体を仰け反らせた。
確かめてみるかという意だったらしいが、とんでもない。
さっと顔を反対に背けると、佐助は笑いながらその薬草の指を自分の口に運ぶ。冗談でも薬草の世話になる必要がない時にまであの味を味わいたくない。
ごめんねーとぬけぬけと返してくるも、それはいつ終わるのか。
佐助の手元にある薬草はあらかた仕分けされて形を留めていないものがほとんどだが、ごりごりという音と伝わる揺れはいつになっても終わる兆しがない。
佐助といる空間は好きだが、ちっとも自分を見てくれないことに小さく不満が顔を出す。
その不満を込めて頭を乗せた背に体重をかけてみたが、こーら、とあやすだけでこっちを向きもしない。

「佐助」
「なーに?」
「まだか」
「もうちょっとー」
「それは急ぐことなのか?」
「急がないけど一度始めたことを放り投げるのは良くないでしょ。もう少しだから待ってなって」

何度聞いても、まだ、もう少し、待ってなさい、という返事しか返ってこない。
ずり落ちかけた体を起こし、片頬をぴったりとくっつけて袖を握ってみた。
耳が背に当たると佐助の心臓の音が静かに聞こえる。
生きている音だ。規則正しく聞こえる鼓動が命の音。誰にも渡さぬ、俺の、さすけ。
ごろんと寝転び、腕で佐助の腰に抱きつくと、旦那、と困ったような声がする。
待てとか離れろなんて言葉はもう聞かぬ。
待てども待てども構ってもらえず、顔すらこちらを向かない佐助の言うことなど聞かないとばかりに腰に顔を埋める。

「佐助が俺をほったらかしにするから退屈で死にそうだ」
「退屈で死んだ人間なんて聞いたことないよ」
「俺が最初の人間になったらどうする」
「そりゃ困るねぇ。旦那がいなくなったら俺の存在意義消えちゃう」

ごりごりと鳴っていた音がぴたりと止まると、薬らしきものは匙で丁寧に器の中に収められる。
抱きつく腰にぎゅうと力を込めると、ぐぇという声がしたがこのくらいは平気だろうと多少加減して力を緩めた。
がたがたと音がするものの顔を伏せているので佐助が何をしているのかは分からない。
するときつく巻いた腕に佐助の指が重ねられて、するりと拘束を解かれた。そう易々と解かれるとは思っていなかったので驚いて顔を上げると、目の前に佐助の顔があった。
「はい、ちょっと放してね。片付けてきますから」
掴まれたままの腕はそっと離されて、佐助は道具を持ってさっさと部屋を出て行ってしまった。
また一人にされたことよりも、佐助の用事が終わったことの嬉しさが幸村の機嫌を押し上げた。
主が一人でごろごろ転がる姿は端から見れば怪しいが、当の幸村が露とも気にしていない上に真田の屋敷でこの程度で騒ぐ人間はいない。
障子が開け放たれて風や陽が差し込んでいた部屋に、ふっと灯りを落としたように影が差した。
首だけ上げてそちらを向けば戻った佐助が障子をぴたりと閉ざしていた。
「終わったか?」
「おかげさまで」
音もなく幸村の傍に腰を落ち着けると、腕で起き上がった幸村は今度は正面から佐助にしがみつく。
今度は力を込めず、触れ合いだけを求めてしがみつくと、すぐに佐助の腕がいつものように背に回って抱きしめ返してくれる。
背や腰に抱きつくのも好きだが、やはりこうして真っ直ぐ正面から抱きつく方が好きだ。
一方的なもので佐助にしがみついても抱き返してくれる腕がなければつまらないし、物足りない。
薬草の匂いではなく慣れた佐助の匂いだと息を吸い込めば安堵と共に体の力が抜けそうになる。

「さすけ」
「なぁに」

予想外に自分の声が甘ったるかったのがやけに気恥ずかしく思えたが、応えてくれる佐助の声もいつも以上に優しく溶けるように笑ってくれたのでそれでもいいかと思える。
緩やかに背を撫でていた佐助の手が幸村の頬を滑り、額に瞼に頬に口付けを落としていく。
一つ一つの丁寧なそれは佐助が幸村を大事にしていることの証に他ならない。
幸村がくすぐったそうに身を捩ると揺れる尻尾髪を前に持ってくると露出した首筋に舌を這わせる。
「っさす」
分かりやすくびくりと震えた幸村の体をしっかりと抱えて膝に乗せた。
「だーんな」

戦もなく任務もなく幸村の世話のみに心を傾けられる穏やかな日常は、佐助にとっても貴重なものだ。
いざ戦が近くなれば佐助を始めとする忍は各地に散り、偵察や諜報など戦に欠かせない情報をかき集める。
戦の規模が大きくなればなるほど開戦直前まで戻れぬこともある。
佐助は戦忍であるが故に幸村に付き従い共に戦い、守ることを第一の役目としている。
任務が長引き、合戦に参戦出来ないことがあってはならない。それは幸村が言い渡したことではなく、佐助自身が固く決めていることである。
それ故に、佐助は何があろうと出陣前、遅くても戦の最中には必ず戻ってくる。
戦が終われば事後処理に追われ慌ただしい日々が続く。それも一段落すればようやく顔を合わせることができる。
張り詰めた緊張を解くことができるのはこのひとの存在だけなのだと改めて思い知らされる。
そして、どれだけこのひとが大事なのかを。
今もまた失わずに済んだことを確かめるように抱きしめたことも少なくはなかった。



こんな穏やかな日が続けばいいのにね。
名を呼んで、傍に居ろと望んでくれる。
俺の唯一の、愛しい愛しいひとを奪おうとするなら、誰であろうと赦さない。



「佐助ぇ」
首にぎゅうと抱きついてくる幸村の背をぽんぽんと叩く。
幸せそうな幸村を見る佐助の顔は大事な者への優しさと満ち足りた思いで緩む。
溢れ出る愛しさを伝えたくて、でも言葉だけじゃ足りなくて、触れた先から全部伝わればいいのにともどかしくなる。
今沸き起こる最大限の気持ちを込めて幸村を抱きしめる。
「旦那、好き」
佐助が耳元で呟いた言葉に幸村は面白いほどに体を強張らせた。見れば耳の辺りまで赤くなっている。
それに気を良くした佐助はますます隙間もないほどに幸村の体を引き寄せて、ここぞとばかりに気持ちを伝える言葉を耳に吹き込んだ。
「好き、好き、大好き。ほんと愛してるぜ旦那!」
「さ、さすけ!分かった、も、もうよい!」
いささか調子に乗りすぎた気もしないでもないが、事実なのだからしょうがない。
当の本人は顔を真っ赤にして怒り出すかと思えば、どうやら照れているのか恥ずかしいのか自分でも分からなくなってしまっているようだ。
佐助の首にしがみついたまま顔を上げようとしない幸村の顔を見たくなって、ねぇ旦那、と呼びかけた。
「なんだ」
「俺のこと、好き?」
「そ、そのようなこと聞かずとも分かっておるだろう」
「えー俺はちゃんと言ったのに、旦那は聞かせてくれないの?」
拗ねたような声色で言ってみれば案外時間を置かずに幸村は顔を上げてくれた。
「…好、きだぞ、佐助」
恥ずかしそうにすぐに目をそらしてしまったが、これ以上の言葉は十分だった。
ありがと、と顔を上げてくれたのを良いことに丸く縁取られた唇にそっと自分のそれを重ねた。


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前の前くらいに甘々な2人がおらんと言ったのでいちゃついてもらいました。
珍しく主従じゃなく佐幸でいけたかなー。
うちの2人は気を抜くと一定の距離に戻ってしまう傾向があるので、幸にべったりとしがみついてもらいました。これなら佐助も逃げれまい。
甘い、ですかね?
書いてる途中、幸が破廉恥!と叫びそうになるのを堪えて堪えて。でも仕掛けたの幸だからねー。
佐助に甘えたい幸と、甘やかしたい佐助。
ほんとにこの2人には幸せになってもらいたいから、出来るだけ傍にいてあげてほしい。
最近SS書く時の目標は人物に呼吸をさせること、です。
その時の思い、仕草、心の変化…、そこの存在する一人一人を意識づけて、生きている人ならではの描写を書きたい。
しかし文章力が足りないんですがどうしたら…。
書きたいことはあるんだけど、こういうこういう状況、どう書けば一番分かりやすいんだろう!といつも試行錯誤…。精進せねば!
タイトルは本文内のものから表題へと繋がりますので。

桜/唄の影響でシリアス佐幸を書きたくなりました。
話がまとまって上げれるようになれば打ちたいです。
これで真田主従SSは累計11作目です☆いやー書いたなぁ。。それぞれ若干設定等異なるところもございますので御愛嬌!

アニバサ見たらまた感想打ちにきますねー。主従楽しみ!
「旦那、昨日どこ行ってたの」
「どこにも行っておらぬ」
「卸したばかりの草履がもう擦り切れてるんだけどなぁ」
「編み込みが緩かったのだろうな」
「俺様が留守にしてる間に一人で屋敷抜け出しただろ」
「そんなことはない。佐助が見ておらぬだけで、俺は昨日書を読んでおった」
「書棚は一昨日俺様が掃除した時と順も傾きも全く変わってなかったよ」
「それは俺がきれいに戻したからだ」
「戦以外は何やらせても不器用な旦那にそんな芸当できるわけないでしょ。いつもぐちゃぐちゃに押し込んでるくせに」
「お前は俺をなんだと思っているのだ」
「主。手のかかって我儘で危なっかしい主。鍛錬は?したの?」
「したぞ、朝」
「あっれぇいつも夕餉の前にもやってるじゃん。出来なかったってことは屋敷にいなかった?」
「い、いたと言っておるではないか」
「しぶといねぇ。それじゃ旦那が着てた着物の裾に草がやたらついてるのはなんでかな~」
「に、庭に降りたのだ。しばし休憩をと思って」
「庭にねぇ…いつも庭師が手入れしてるからちょっと降りたくらいでこんな汚れるはずないんだけどなぁ」
「少し奥に行きすぎて」
「そのまま塀を乗り越えて山駆けずり回って追いかけてきた小助共々茶屋で団子食って帰ってきた、と」
「…………!!!」
「塀乗り越えた証拠に着物の膝に泥がついてた。くっついてる草はよく見ると山の上にしか生えてないものだし、団子の汁が襟元に微かに残ってる。
それに…さっき俺様が茶屋の前通ったら旦那に渡してくれって茶屋の子から預かった…これ、なんだ?」
「!そ、それは昨日土産に包んでもらった柏餅…!」
「うっかりして3つ包むところを2つしか包まなかったんだって。旦那が帰った後だったから今日屋敷に届けるつもりだったけど俺が通りがかったからって受け取った」
「………佐助、それは、だな」
「俺を誤魔化す為に嘘ついてみたけど?慣れないことするから泥沼?追いかけてきた小助にも口止めしたんだってね。
大体旦那が隠し事出来るわけないでしょ」
「………その」
「さて旦那、まずは正座してみようか。いやぁ言いたいことは山ほどあるからさ、夕餉まで時間はたっぷりあることだし、ねぇ?」



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会話文だけでやってみよう、で真田主従。
佐助相手に誤魔化せるわけがありません。
小助も団子分口裏合わせましたが、佐助に敵うわけもなく陥落。
忍なので勿論口が軽いわけではないですが、相手が悪かった。
護衛が撒かれてどうすると後で小助も説教食らいました。
真実を嘘に 嘘を真実と告げる どちらが表で裏なのか分からぬように

だって俺様嘘なんてつかないもん!



「だからさあ、忍に大事な奴なんていらないんだよ」

とくとくとく、と杯に注がれる酒を見ている。並々と嵩を増した酒は杯の表面をゆらりゆらりと泳ぐ。
少しでも傾ければこぼしてしまうとこちらが気にしてしまうが、心配されているとも知らず当の本人は一気にぐいとあおる。
酒が喉を通過するのを目に留めるよりも、酒のもたらす効果かいつもより饒舌な佐助の口から聞く「言葉」に興味を奪われた。
普段からよく喋る忍だが、なかなか本音は話さない。のらりくらりとかわされて、いつのまにか話題をすりかえられている。
だから今この時の、どこか焦点の合っていないぼんやりとした目をする佐助が、ぽつりぽつりと話し始めた言葉の次を急かさぬように、幸村は黙って聞いていた。

「そんな奴作ったら…邪魔。俺の優先順位は昔からずっと変わってやしないのに」

ことんと杯を畳に置き、顔を上げた佐助と目が合った。
酒の熱が色を帯びたその目はどうにも居心地の悪さを感じさせる。
此処にいるのはまぎれもなく佐助であるのに、奥底の言葉が聞けるなど佐助らしくない。
違和感などは今更問題ではないが、この落ち着かなくさせる気分は何なのか。
体温が上がり普段より熱い佐助の手が頬に触れる。
熱を帯びて蕩ける切れ長の瞳の中に自分が映り込んでいる。

「…俺の大事なひとは、あんただけでいいんだ」
「さ、」
「だから」

肩を引かれて髪を撫でられる。慈しむように一筋ずつ流して触れるその手はいつだって優しかった。
ああ、佐助、だ。
ふ、と息をつきその手の心地良さに目を細める。
きっとこれ以上落ち着ける場所など他にはない。
そのまま頭を預けると耳に触れた唇から直接言葉を吹き込まれた。

”ね、俺にしときなよ”

忍は表裏一体。何が嘘で真実かなど問題にはしない。
ただ目の前のこの男が話すならば、それが嘘だろうが何だろうが構わなかった。
それが巡り巡って結局は自分を思うてくれているが故のものであると知っているから。
誤魔化していると分かる明らかな嘘も、見抜けもしない嘘、忍として告げる正確な真実、こうして聞いた言葉。
それを話すのが佐助ならば、疑うことなく全部ひっくるめて信じると決めている。
嘘をつかないという嘘吐きの言葉を、ありのまま聞くだけだ。

大事な奴はいらぬと今しがた言ったばかりではないか。
佐助らしくない言葉の矛盾は酒の所為だとしても、自分がこれほどまでに思われていたと実感させられて顔が熱くなる。
無性に恥ずかしくなって、赤くなっているであろう顔を見られぬよう佐助の胸に頭を押しつけた。
耳元で言われた言葉のおかげで心臓は早鐘を打つし、酔っぱらいは向こうなのに自分ばかり振り回されている気がしてならない。
それを分かってか分からずか何もなかったようにまた髪に指を通されて触れてくる。
言葉がなくても自然に読み取り気持ちを汲んでくれる。
お前がそうして俺を甘やかすから、いつだって俺はお前に甘えてしまうというのに。


言われなくても、言わなくても、答えなんてわかりきっているんだ。

忍の嘘は誠意の裏返し。だってそうだろう?裏の裏は表、と相場が決まっているのだから。





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2人で酒盛り主従でした。珍しく潰れたのは佐助。
幸もそこまで強くないけど、今日は何故かペースが早かった佐助のが酔っ払い化。
忍は嘘をつき騙す本業ですが、適当な嘘ばかりつくいいかげんな性質ってわけじゃなくて、佐助に限れば意味のある嘘しかつかないわけです。
特に幸村に対しての嘘は本当に幸の為を思ってのことだから、自分の感情はまだしも自らの利目的や幸の不利になるような嘘は何があろうとつかない。
幸も分かってて騙され続けてくれるその気持ちに申し訳無さもありますが、それ以上に凄く有り難くてますます大事になっていく。
佐助が嘘を真実と貫く嘘はさすがに見抜けなくても、明らかな嘘っていうのは幸にバレるの前提でついてるんで半分楽しんでる所もあったりします。
こういうのが佐助のからかい部分に影響してるのかもしれないですね。
今この時の佐助が話す言葉だけは決して嘘ではないから、直球ストレートで幸にクリーンヒット。


前に書いたことがあったと思うんですが、主従関係は主以外に大切な人を作れば辛いんじゃないかって話。
どうしても優先順位は主第一になるから、です。あれを思い出してちょっと組み立ててみました。
相変わらず短文書けません。超短文とか書きたいのになー。3行くらいの(短すぎだろ)
それではまた!



今日は朝から頭がおかしい。いや、おかしいといえば語弊がある。
回転が悪い。思考回路と行動が合致していない。
今朝など草木に水でも撒こうと柄杓を取りに向かえば、戻ってきた自分の手にあったのは箒であったり(これでどうやって水を汲めと)
旦那の部屋を掃除しようと腕を捲り、ハタキでいざ棚から埃を払おうとすれば、通りすがりの筧に「長、それしゃもじ」と冷静に突っ込みを喰らった。
この時ばかりは壁にこの回らなさすぎる頭をぶつけたくなった。
しかも聞けば筧より先に才蔵が気付いていたが一瞥してそのまま去ったらしい。
(才蔵あのやろう!)
自分の情けなさに無性に腹が立って、しゃもじを壁にゴスッと打ち込んだら後ろで筧が叫んでいたが気にしてはいられない。
そのまま抉り込むようにぐりぐりと捻りながら、ずるずると畳に突っ伏す。

今任務とかあったら絶対ヘマやらかす自信がある。忍隊の長としてそんな体たらくを晒すわけにはいかない。
良かった今日ヒマで。

いやいやダメだいくら仕事がないと言え、何が起こるかなど分からないのが常。
頭を振れば治るような単純なものならいいが、そううまくはいかない。
疲れでも溜まっているのだろうか。寝れば治るか。
まさか昼間から寝こけるわけにはいかないし。旦那じゃあるまいし。
あ~でもどうせ寝るなら旦那つかまえてこようかな。旦那抱きしめて寝たい。
ってかどこ行ったのあのひと。
またどっかで鍛錬でもしてるんじゃないの?ん?鍛錬…?
ふと思いついた。手っ取り早く頭を正常に戻すやり方。


「旦那ぁ、俺様のこと一発殴ってくんない?」

思い付いたが吉日。旦那を見つけてひらりと飛び降りてそんなことを言ってみた。
変なものでも食ったのかと幸村は不審げに眉を潜めて見つめる。

「佐助…お前いつから‘えむ’とやらになったのだ」
「何?えむって」
「聞いた話だが、殴られるのを悦びとすると」
「それ旦那じゃん」
「あれは魂の語り合いだ」
「変わんないって。てか軽くでいいんだよね。どうやら俺様目ぇ覚めてないらしくてさ」
「なんと!まだ寝ておるのか!ところで何故お前は雑巾を握りしめておるのだ」
「………」

いや起きてるんですけど。多分頭の一部がまだ寝てると思うだけで。そういえば俺はなんでまだ雑巾を。ああそうだ掃除途中だったんだ。

「なんでだろーね…」
どう思う?と苦笑いしながら幸村を見つめると、不思議そうに小首を傾げて見上げてくる。
なにその仕草。持って帰っちゃうよ。

「…佐助。これより仕事があるか?」
「え?ないよ、ってか今日俺様暇だからねぇ。あ、旦那の部屋の掃除を、」
「そうか。ならば掃除は良いから俺の部屋に来い。共に寝るぞ、佐助」
こちらに背を向けたと思えば、そのまま腕を引かれて連れて行かれる。
「え?なんで?昼寝すんの?」
部屋に入ると畳にぞんざいに転がされた。障子を閉めると肩の位置に幸村が頭をころりと乗せてきた。
うっわ可愛いーとか思う俺が重症?そんなこと言われなくたって分かってる。
「…あの、旦那?眠いの?」
「……変だ。言ってることもやってることも何処かおかしいぞ」
「え?旦那が?」
「お前がだ!このまま放っておいたら何をしでかすか分からぬから俺が見張ってやる」
「俺が変なのー?確かに柄杓と箒間違えたりしたけどさ」
「……余程疲れておるということだろう。寝れば治る」
「いや俺様この後夕餉の支度を手伝おうと」
「やめておけ!今日のお前は何もするな!」
「………はーい」

寝ろと言われても簡単にこんな昼間から寝れるはずもなく、旦那はころころと俺の腕を転がり、他愛ない話をした。
こうして2人でゆっくりと転がって話をするのはそういえば久しぶりだ。

「…そうか、最近春めいてきたからな。佐助を布団に引きずり込んでいなかった」
「ん?どゆこと?」
「佐助と共に寝るのは寒さが和らいでからはなかっただろう?お前が眠れぬというならばまた今日から共に寝るぞ」
「えー!」
「なんだ、嫌なのか」
「嫌じゃないけど…旦那と一緒だと寝てる場合じゃないっていうか…。最近一緒に寝てないから俺何するかわかんないよー」
「それで佐助が眠れるならば良い。実の所、佐助はえむなのかえすなのかよく分からぬな」
「あ、それさっきも言ってたよね。えむの逆がえすなら旦那は戦場じゃえすなのに、夜だとえむだよねー」
にやにや笑いながら髪をすいてやると、顔を赤くした幸村が口を開閉させながら腕に爪を立てた。
「イタイです」
「破廉恥であるぞ!佐助こそ夜はえすではないか!」
「それ褒め言葉に聞こえるよ旦那ー」

けらけら笑いながら、時に顔を寄せて、時に拗ねられて、機嫌を取りなして。
そうしている内に心が平穏を取り戻していくのがじんわりと伝わった。
ああそうか、自分はこの熱い体温に触れたかったのか。
傍にいるのに、心が旦那を求めて、疲れて。
冬の間は任務がなければ毎夜のように布団に引きずり込まれていたが、そういえば最近は暑いだろうと一緒には寝なくなった。
それが自分も気づかない心の奥底で物足りなさを生み、行動に支障をきたしていたのだとようやく分かった。
このひとに、この熱に触れられるならば、痛みなどで頭を覚醒させる必要などない。
眠ってしまった幸村の頭を抱え込みながら、折角の機会だと浅い眠りを自分に許した。
こうしていても忍隊長の異変を分かっている部下達がその穴を補い、知れず、主を守る為に屋敷の警備を強めている。
部屋の近くにも気配を辿れば誰かが控えていると分かる。
有能な己の部下に心の中で礼を言い、今はこの主に触れて心と体を休めようと目を閉じた。

しばらくして目を覚ました幸村がぐっすりと眠る佐助に微笑んで、満たされた思いでふと部屋を見ると何故か壁に突き刺さったしゃもじを見つけて絶句したのは言うまでもない。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

幸のことは普段から可愛いあほだと言ってるので。
佐助も疲れておかしくなることだってあるさ!と思って書いてみました。
本人はいたって普通なので、周りに指摘されなければ無自覚のままぼーっとしてヘマをやらかします。
そんな時は任務とか与えたらダメです。見てらんない!
SとかMとかは何故か出てきたから書いてみた。
佐助は基本S。
幸はあの殴り愛からみても基本M。戦場ではドSで容赦なし。佐助といる時は多分M。

病名:旦那欠乏症
症状:行動言動ともにネジが外れたようなことをする
治療:旦那にくっついてもらう
完治までの期間:一緒にいればすぐ治ります。

お大事に!

冬も終わりの頃、寒さと温かさを繰り返しながら春の訪れを待つ。
もうじき寒さとも別れかと思われたが、突如として冷え込んだある日のこと。


「さぶい」

冷たい風が吹きすさぶ中、かたかたと震えながら庭先から戻ってきた幸村を、佐助は呆れながら出迎える。
「当たり前でしょ、鍛練だとか言って寒中水泳なんかするからそうなるの」
はぁーと大げさな溜息をついて幸村の頭に手拭いを投げつける。
「ぶっ!じ、じきに春がやってくれば、この鍛錬は出来なくなるだろう…っ」
「出来なくていいよそんなの。あーあ、虎の若子が鼻垂らしちゃって…はいちーん。髪も拭かなきゃダメでしょー」
わしゃわしゃとぞんざいに髪を拭いてやればその間から幸村の瞳がじっと佐助を見上げた。
「何よ」
「……お前は暖かそうだな」
頬を膨らませた幸村が羨ましそうにぽつりと呟いた。思えばこの時の悪戯めいた企みに気付いておけば良かったと思う。
「は?」
「入れろ」
突如として体を寄せてきたと思えば、いきなり襟元にずぼりと頭を突っ込んできた。
ちょっと待て!と止める暇もなくがっちりと腰に腕を回されて、幸村は具合がいいようにもぞもぞと動く。

「ちょっせまっどこ入ってんのあんた!無理!」
「ほら見ろ暖かいではないか」
「変わらないっての!出てよ!」
「狭いな、もう少し広がらぬものか」

元々2人して首突っ込むように出来ているわけではないので狭いのは当然だが、幸村が強引に襟に手をかけて広げようとしているので慌てて手を掴む。

「俺様の一張羅に何すんのだんなーっ」
「狭いのだ。俺には一張羅も何も同じに見えるが」
「いや微妙に違、って、やーめーろーよー伸ーびーるーっ」
「いーやーだーっ」

何とかどかそうとしてもしっかりと腕を回されていてはどうにもならない。
そうこうしている内に、どうやら居心地の良い場所を見つけたようで胸元に頭を擦り寄せられる。
ちょっとなにこれ!?やめてよ近すぎだろ。
ってかなにこの状況。ありえないでしょ。寒いなら部屋入って布団被ってなさいよ。
はぁ、と溜息をついて幸村を見て、せめてもの妥協案を口にした。これじゃ仕事にならないっての…。


空は晴天。風は冷たいものの日差しは降り注いでいるので、旦那が川に飛び込んでびしょ濡れにしてくれた服も乾きそうだ。
端と端を掴んでぴんと伸ばして竿にかけていく。あ、ここ穴開いてる。後で繕っとかなきゃ。

「何してんの長ー」
庭先に降り立った筧が見たものは、同じ上着の襟から頭を出している幸村と佐助。
「旦那が出てくんないから背負って洗濯物干してんの」
「親子じゃん。…幸村様、あったかいですか?」
ひょいと幸村を見ると満面の笑みで佐助の背に顔を埋めている。
「うむ!それに、佐助に背負われるなど懐かしくてな。こんなにも心地良いものだということを忘れておった」
肩に回された腕に力が入ったのでちらりと幸村を振り返ると、本当に幸せそうに笑うもんだから。
「……そんなに俺様に背負われんの気持ちいいの?」
「佐助の匂いがするから…落ち着くのだ…」
「…おんぶくらいいつでもしてやるって。旦那、やっぱおっきくなったよねぇ」
「…おれは…もう弁丸ではな…」
「…………だんな?」
肩にこつんと頭が乗っかり言葉が途中で途切れた。どうやら寝てしまったようで規則的な寝息が首にかかってこそばゆい。
微笑ましいそれに筧が声を殺して笑う。
「寝ちゃったなぁ幸村様。安心しきったお顔だ。妬けるわー」
「…………」
手に持ったままの洗濯物を籠に戻す。
幸村が起きていたならしがみついていたが、寝てしまったのならいつ腕が緩んでずり落ちるとも限らない。
幸村を落っことすわけにはいかないので、足を抱え込んで一度持ち上げて位置を直す。
「よっ、と。なんでこんなとこで寝るかねぇこの人は…」
「嬉しーくせに。素直じゃないね長、嫌なら俺が部屋にお連れするけど」
「馬鹿。降ろしたら旦那起きちゃうだろ。…こんなことでこの人が喜ぶなら安いもんだし」
あんなこと言われたら、離せなくなるだろ。
ぐ、と足に力を込め、ひらりと屋根へと舞い上がる。
「筧、お前代わりにコレ干しといて。ちゃんと皺伸ばして干せよ」
「えーっ俺に押しつけんのっ?」
「コレも立派なお仕事。んじゃ、頑張ってねー」
姿を消した佐助を見送れば残されたのは洗濯籠。
幸村と佐助が2人でいる時はちょっかい出すもんじゃない、と学習した筧は慣れない洗濯干しと奮闘したらしい。
佐助はその後のんびりと屋根の上を幸村を起こさないよう散歩していたそうだ。
横顔にはいつになく穏やかな表情を浮かべ、時折崩れそうな幸村を背負い直して、背中の主が目覚める時まで一歩一歩ゆっくりと。
夕陽に染まる屋敷の屋根に伸びた影が、緩やかに流れるこの時を惜しむように、2人の後を追いかけていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
おんぶ主従が書きたかったんです。
でも普通に背負ってんじゃつまらないかなと思って、佐助の上着、ポンチョに頭突っ込む幸に。
そのまま佐助の背中にくっついて佐助は普通に洗濯干してる絵が浮かんで、コレだ!と。
コアラだ。コアラ主従だ。
寝ちゃったら降ろせばいいのに、佐助だったらそのままおんぶし続けそうだなーと思う。
何だかんだ言って甘やかしたいんです。
ほんとはこれ10行くらいで終わるつもりでした。短文を書こう!と思っていたんですが、いつのまにこんなに長く。誰の仕業だ。
「やーめーろーよー」「いーやーだー」・・・これです。
この会話をしてほしくて後上着に入ろうとする幸と防衛する佐助を書いてさらっと終わろうと・・・したら、書いてる内に筧も出るわで何てことだ。どんだけ十勇士が好きなんだ。
あと望月をいつか出したいなーとか考えてます。。望月は姉御的イメージ。十勇士の中で唯一のくのいち。紅一点!その内ね。
最後は静かで穏やかな雰囲気を大事にしたくて、あんな感じで終わりにしました。

” ちいさなちいさな俺の主

あなたが俺を呼んでくれる限り
あなたが俺を傍に置いてくれる限り

俺の全てはあなたのものです

この命はその為に 流れる血の一滴さえも
あなたと出逢った時から
佐助は 魂ごとあなたのものになりました ”


「さーすーけーっ」

昼下がりの真田の屋敷に元気な声が響き渡る。元服にはまだ遠いちいさな幼子が傍付きの忍を呼ぶ。
私邸だといえ、大声で忍の名を呼ぶなど闇に潜むべき忍を宣伝しているようなものだが、お構いなしにさすけさすけと名を繰り返す。

そもそも上田城下では猿飛佐助の名は大いに知れ渡ってしまっている。
弁丸を連れて街を歩けば民から慕われる真田の気質故に、町民は声を掛けてくる。
その一つ一つに元気良く返事をするのだから、このまま素直で心配りの出来る武士になってくれれば、と佐助は思った。
供ならば他の家来衆を呼ぶのが常で、忍が主と通りを歩くなど聞いたことがなかった。
護衛につけるとしても忍は影に潜み、姿を現さないというのが佐助と世の常識であったが、真田の家風はそんなものは知らぬとばかりに忍を重用する。
弁丸の家臣は佐助一人である他、真田の子といえど次男、それもまだ小さき幼子ならば命を狙われることもないと供も佐助のみで事足りる。
城下にゆくぞ、とねだる弁丸に困りかねた佐助を見て、昌幸は笑い「楽しんで来い」と背中を叩いて送り出されれば選択肢は一つだ。最初の頃は戸惑いながら弁丸に手を引かれ、城下を歩いた。
忍を連れるという物珍しげな町民の視線に居心地の悪さを感じながらも、次々に町の様子を教えてくれる弁丸に自然と歩調を合わせて歩けるようになった。
真田が忍を大事にする風習から、上田の民も忍に対しては好意的だ。
佐助のことを尋ねられると、まるで自分のことのように「さすけだ!それがしの忍でござる!」と嬉しそうに話すもんだから、おかげさまで弁丸の忍、猿飛佐助として嫌でも覚えられていった。

「はいはーい、どうしたの、若」
脇に洗濯籠を抱えたまま弁丸の前に姿を現すと、膨れ面の弁丸が腰に抱きついてくる。
「おそいではないか!」
「ごめんね、俺見ての通り洗濯しててさ」

これが真田の日常。
忍の仕事ではないだろうと仕えた当初は思ったが、今ではこれが普通だ。
実際今の佐助の仕事の8割は弁丸の世話で、残り2割が忍の仕事だ。

忍として腕を磨き経験を積む為に上田を留守にすることはある。
この日もそうだった。半月ほど任務で弁丸の元を離れていた。
勿論佐助がいない間の弁丸の面倒は誰かが見るし、少しくらい戻りが遅れても大丈夫だろうと任務を終えて戻ってみると、弁丸の世話をしていた侍女達は皆疲れ果てた顔をしていた。
佐助がいない分普段よりは大人しかったそうだが、それでも普通の子どもより元気に満ちる弁丸の相手をするのは慣れていない侍女には荷が重かったようだ。
報告を終えて弁丸の元に向かうと、任務に発つ前は平穏だった屋敷が所々黒ずんだように見えるのは気のせいだと言い聞かせて、開きっぱなしの障子の中から主の声がした。
相変わらず元気だなぁと安心しながら廊下に膝をつく。

「猿飛佐助、ただいま戻りまし「さすけぇぇぇ!!!」

言葉も終わっていない内に主が飛びついてきた。
あまりの勢いに体勢が崩れかかるもそこは忍、即座に持ち直して弁丸を受け止めた。
「さすけ!ほんにさすけだな!?」
嬉しそうにぐりぐりと頬を胸に押し付けて、首元にしっかりと腕を回される。
「わ、若」
「なんださすけ!」
久しぶりに顔を見た可愛らしさと自分を待っていてくれた嬉しさで顔が緩みそうになるが、そこは堪えて弁丸の肩を掴んで距離をとる。
「教えましたよね、部下が任務から戻ってきたらどうするか。佐助の主はあなたなんですから。ね?」
普段はどれだけ元気に遊び回ろうとそれはいい。だが、果たすべき役目はきちんとやってもらわなくては主としての示しがつかない。いくら幼くても弁丸は佐助を従える以上、そこだけはしっかりと分別をつける必要があった。
う、と言葉に詰まりながらも佐助から退くと、すぐ前にきちんと座り直す。

「ええと…」
「いつもお父上がされているようになさればいいんですよ」

さりげなく佐助が助け舟を出してやると、うむ、と頷いて姿勢を正す。
貫禄こそ足りないものの醸し出す雰囲気は子どものそれではない。真田の血を引いたれっきとした若君だ。
この将来を見守っていけることが楽しみであり、誇らしくもある。

「たいぎであった、さすけ」
「は。そのお言葉有難き幸せで御座います」

大義の言葉の意味もよく分かっていないだろうに、尊敬する父の真似に一生懸命な弁丸はすぐに顔を崩しておずおずと見上げてくる。
「これで、良いか?」
「うん。よく出来ました」
どことなく不安そうな顔をする弁丸に柔らかく笑いかけてやると、途端に溢れ出しそうな笑顔を見せた。
「さすけ!」
「はーい、おいで」
やるべきことさえ終えたら後は存分に我侭を聞いてやれる。
半月ばかり離れていた分、話すこともやりたいことも沢山あるんだろう。
ひらりと広げた腕の中に迷いもせずに弁丸は飛びつく。
少しの距離も取りたくないとばかりにぎゅうぎゅうと抱きついてくるが、今の自分にも弁丸の温かさは心が休まる。
「お帰りなさいまし、佐助さん」
「後は俺が代わります。ありがとうございました」
弁丸の世話は一番分かっている佐助が戻れば、やっと解放されるとばかりに安堵の息をつく侍女に弁丸の頭越しに会釈をすると、侍女達はそそくさと退室していった。
「いい子にしてた?」
「手習いも稽古もやったぞ!兄上にもお相手していただけた!きのうの夕餉に椎茸がでてな、食べれぬゆえ弁丸の元へ佐助はなかなか帰ってこないのだと父上がおっしゃってがんばって食べたら今日佐助がもどってきたのだ!それでなそれでな」
「焦らなくても全部聞くから大丈夫だよ」
落ち着かせる為にぽんぽんと背中を撫でればますますぎゅうとしがみつかれる。
「さすけ、けがをしていないか?」
「ん?だーいじょうぶ。若こそ転んだりしてない?」
「もう治った!」
「やっぱりね…無傷なわけはないと思ってたけど。さてっ、とりあえず部屋片付けようか。随分と散らかしたねぇ」

ぽんっと叩いて膝から弁丸を降ろす。
見れば部屋のみならず縁側や廊下の方まで散々たるものだ。
手習いの延長線上にあちこち書きなぐられた紙と墨が机や床に飛び散っているし、今しがた通ってきた廊下や壁が黒ずんでいたのもおそらくはそれか、外で遊んだ後そのままの手で壁に触れたか。
どちらにしろいくら侍女達が掃除をしてもすぐに汚されるその繰り返しに大抵は根をあげる。
ほんの少しもじっとしていられない性質の弁丸を押し留めるなど無理な話だ。
自分でさえもたまに手を焼くことがあるくらいだ。

「あと数刻で夕餉だし、その前にこの墨だらけの顔と着物を綺麗にしなきゃね。湯殿用意してもらうから湯浴みしてきなよ」
「だめだ!」
「こーんな真っ黒な手でごはん食べるの?」
ひょいと小さな手を取ると、案の定掌や腕の辺りまで墨で汚れている。
とてもじゃないがこの状態で夕餉の席につかせるわけにはいかない。
この分だと抱きつかれた自分の小袖もあちこち黒々と染められたことだろう。後でまとめて洗ってしまおう。
すると弁丸は掴んだ手はそのままに上へ下へと落ち着きなく腕を振る。
自然と佐助も引っ張られて己の意思とは無関係に動く腕を眺めていたが、元気だなぁと弁丸の好きにさせていた。
「ちがう!さすけも疲れておろう。一緒に入る!」
「えー俺ぇ?若が入ってる間に部屋片付けときたいんだけどなー」
「ならぬ!そばにおれ!」
「もー俺の主様はわがままなお人だなぁ」

腹の底から込み上げてくる思いを隠すこともなく、ただ主がここにいて、自分を必要だと言ってくれる、それだけでこんなにも満たされる。
子どもらしい我侭とそこに含まれた己への気遣いを無下にするのは申し訳ないし、今更忍だからとか部下だからとか言ったところで聞き入れてくれるひとじゃないのは分かってる。
そんなことを主張していても真田に仕える以上、これが当たり前なんだと開き直れば案外気も楽になることに気付いた。
それでも主従の線引きだけは忘れてはならないと自分に言い聞かせる。先程の挨拶もそれだ。
その境を持ったままで、主が求め自分に出来ることがあるならば最大限のことをしてやりたい。
ちいさな我侭も、ちいさなこの手も、腰にも満たないちいさな背丈も、全てがこの人を形作る。
いつかこの人も大きくなり、武将として戦場に立つ日が来るだろう。
その日まで、そしてその先も、自分の全てをかけて守っていかなければ。それが自分の最大の役目だ。

「さすけぇ・・・」
だめか?と情けない色が瞳に浮かぶ。そんな叱られた犬みたいな顔しなくても、怒ってなんかいないよ。だめだなんて言ったりしない。
墨だらけの頬に手を当ててむにむにと柔らかな感触を楽しむ。
「いいよ、久しぶりに一緒に入ろっか」
「まことか!?ならば早くいくぞ!」
「ちょっと待ってまだ湯殿の用意なんて出来てないし、着替えも」
遠慮なくぐいぐいと佐助を引っ張っていく弁丸に、廊下の先にいた侍女が声を掛ける。
「湯浴みでございますか?」
「うむ!さすけもいっしょだ!」
「すみませんね、気が早くて。用意して貰えるとありがたいんですが」
「いいえ、お2人の声がこちらにまで聞こえていたものですから。勝手ながら用意させて頂きましたよ」
仲の良い兄弟を見るような微笑ましいそれに気を回した侍女達が、聞こえてきた会話から意図を読み取り湯殿や着替えの用意をしていたという。
その手際の良さに感嘆する佐助に弁丸は満足そうな笑みを見せた。
「あらら」
「さすがだな!ゆくぞ!」
「うわ急に引っ張んないで」

手を繋いで湯殿へ向かう2人の様子は主従というより兄弟。こんな関係もひとつの形。
今日も真田の屋敷は元気な声に押し負けんばかりに賑やかであったという。



――――――――――――――――――――――――――――――――

幼少主従を無性に書きたくなった所存にございます。
リアタイで見てたら分かるんですが、今まで此処に上げた真田主従のお話はプロットやら何もなしで直に打ち込んでおります。
途中でぶつっと途切れてたりするのは、そこまでしか書けてないという単純な理由から。
構成?土台?いや、その時のノリで突き進む。
気分が一番乗ってる時にそのまま打っていった方が進むし、何より楽しいです!
ちゃんとしたお話は別に作ってますが上げるかどうかは分かりません(笑)
自分が書いてて楽しいと思えないものを(内容じゃなくて、書くという過程を楽しんでるかどうか)
人様の目に触れるところにあげてても、読んでも楽しくないのではと思うんです。

ちっこい頃の主従が書きたいなーと思ったらこんなんできました。
いつの佐助も幸村には振り回されてナンボです。
実は一番悩んだのが弁丸を何と呼ばせるか、です。
「弁丸様」か「若様」か…いや、様より、幼少時はもっと近い位置づけだから………若?
あと佐助の口調ね。敬語使うか、今の佐助の元になる形か。
昔の佐助は無口でツンなのもいいんですが、ほだされて今の形になるというよりは、幼少時はべたべたの甘々でいいんじゃないか?と思う。
佐助は弁丸を思いきり甘やかして大事に育て、弁丸は佐助にあらん限り愛されてきたことが染みついているから今の2人がいるんです、きっと。


うううう文才が欲しい・・・綺麗な文章を書ける人ってほんと尊敬します・・・。
別働隊の任を受けて、森に潜み進軍していた真田隊に待ち構えていたように敵軍が押し寄せる。
数こそ多くはないが立ち塞がる敵兵を薙ぎ払いつつ隊を進めさせ、あらかたの者が本隊へ合流をする為に森を抜ける。
当初の策は見破られたからには通用しない。ともなれば、本隊と合流し真っ向から突破せねばならない。

「命惜しくば退け!我こそが真田源二郎幸村!邪魔立て致すならば容赦はせぬ!」

赤き若虎が吼えれば呼応するように周りの兵士も叫び士気を高めていく。
ただそこにあるだけで皆の戦意を奮い立たせることが出来る圧倒的な存在感。
信玄の懐刀と戦場で恐れられるその武士は、人を大事とする信玄の意を汲み、部下を通過させ、自らは敵を引き付けその後に撤退する役を担った。
周りには幸村が率いた武将が数名残るのみであった。
確認できる最後の敵が貫かれ崩れ落ちると、未だ血が垂れる槍を地面に突き刺して、顔に散った返り血を拭う。
「…奇襲部隊はこれで仕舞いでござるな」
「大半の者が森を抜けたようですな。真田殿、我らもお館様の元へ」
共に戦っていた者が刀を収めながら幸村を振り返る。
「相。すぐに追いつく故、先に抜けて下され」
「いかがなされた。しばしなら待ちますが」
「いえ、額を掠めたようで血が目に入って視界が悪いのです。止血を終えましたら追いますので、申し訳ござらぬがお館様にお伝え願えませぬか?」
「承知致した。敵はおらぬようだが充分に気をつけられよ」
「面目ござらん」

武将がいなくなると次から次へ滴る血をごしごしと拭う。
鉢巻はこの怪我を負った時に千切れてしまったので、懐から手拭いを出して切り裂き、とりあえず上からきつく巻いた。
まだ止まっていない血がじわりと滲み出てくるが、目に入らなければ支障はないとすぐに槍を掴む。
森を抜ければ本隊はそう遠くない。
「(お館様をお待たせするわけにはいかぬ)」
じゃりと一歩進むと何処からか最低限抑えた殺気が伝わり、反射的に何かを槍で叩き落とす。
同時に足元には漆黒の苦無が突き刺さった。
「…忍か!」
姿は確認出来ないが、潜むが本領の忍相手に森の中で戦うのは余りにも分が悪い。
正面から向かってくるならまだ対処のしようもあるが、姿すら見えない敵相手には槍では到底捉え切れない。
それに気配が一人や二人ではない。男には退けぬ時があれど、退き際を見極めるのも重要であると分かっている。
此処で忍を無理に倒す必要はない。部隊の大半は仕留めたので、策は失敗したが敵は減らせた。
槍を強く握り、見通しの悪い森をひたすらに駆ける。忍の足には敵わなくとも、向かってこようと姿を現したならばこちらのものだ。
もうじき薄暗い森を抜けるはずと進路を妨げる枝を薙ぎ払うと、開けた場所に出た。
「此処は…」
前にそびえるは切り立った崖。後ろは森。…これはまさか。
「…やられたな」
振り切るつもりで駆け抜けた―――放たれた鉤や苦無を跳ね飛ばして、追手が何人なのかも分からぬまま。
進路を操作され、逆に誘い込まれていた。
「もはや気配は隠しはせぬか」
ぐるりと取り囲まれ、黒い殺気が鋭く突き刺さる。ふ、と息を吐き、ニ槍を構える。

「…いざや参られよ、貴様等にくれてやる命は持ち合わせておらぬ」

ざ、と地を蹴り、かかり来る忍の一人へ狙いを定め喉元へ払う。
頭一つ動かし避ける忍の横腹に肘を鈍く入れると体勢が若干ぶれ、空いた首へそのまま柄を叩き込む。
どう、と落ちた音など気に留めず、槍が振り切る前に目の前まで迫った刃を重ねた槍で防ぐ。
わざと押し負けるように引き付け、突如力を抜けば背が地面に着く前に足を滑らせて背後を奪い取る。
忍相手に空中戦など愚かな策だが、生憎忍との戦い方ならば承知している。隙など一瞬で良い。
この体勢からでは槍で打ち崩すことは出来ないが、それよりも有効なのは。
忍がかろうじて振り返ろうと動くのに合わせ、鳩尾に踵で抉り込む。
声もなく地面へ叩きつけられた背へ持ち替えた槍先で一気に押し込めば、血溜まりに物言わぬ黒装束が沈み。
一息つく暇もなく次に空を奪われ、見上げた瞬間―――妙な勘が働いた。
―――――毒霧!
咄嗟に忍の腕を蹴り飛ばし、その勢いで横に逃れると先程まで居た場所が黒い霧に塗れる。
忍が隠し持つ道具は、一瞬で敵を殺せるものや足を止めるだけのもの、眠らせるものなど多種多様だ。
一度でも喰らうことは出来ない。
毒の霧などおそらくはすぐに死するものではないだろうが、吸い込めばその先はおのずと分かる。
長期戦は不利だ。減らせるだけは減らした。後はいかに隙をもぎ取るか。
霧を避けて崩れた体勢をつかれ、は、と見ると、周りを囲うように数多の苦無が円を描き、自分を目掛けて放たれた。
「ぐっ…(駄目だ、全ては防げぬ―――)」
迫りくる刃の全てを叩き落とすことは出来ない。

”旦那、忍の武器には必ず毒や薬が塗られてる。どんな小さな傷でもちゃんと俺にみせて”

何度もかの忍に言われたことだ。此処で毒を喰らうこと、それは即ち終わりを意味する。
志半ばで尽きることなど考えられぬが、散り際が此処だとするならせめて。
最後まで諦めてなどやるものか。
死ぬなと俺が言っておきながら、俺がこのような所で事切れてはあやつに会わせる顔がないではないか。
強く槍を握りしめ、襲う刃の一つ一つを目を細めて見定める。

じゃら、と聞き慣れた鎖の音が耳元で、聞こえた。

一つでも多く叩き落とすつもりの苦無は目の前を遮る鎖に阻まれ、鈍い金属音と共に宙へ舞う。
あれだけ多くの刃を鎖一つで跳ね返せる者など、自分が知る限りでは一人しかいない。
重力の関係で苦無はそれぞれ地面へと突き刺さると、自分の横に影が降りた。

「遅くなってスマンね旦那。猿飛佐助、ただ今戻りましたよっと」
「さ、佐助…!」

にか、といつもと変わらない笑みを見せる佐助に安堵していると、不意に頭を撫でられた。
「忍相手によく頑張ったね、旦那。後は俺様に任せときな」
待て、と止める間もなく、横から佐助が消え失せた。それと同じくして辺りの忍達も姿を消す。
上空やそこらの木の辺りから武器がかち当たる音だけは聞こえる。
「…姿すら捉えられぬとは」
改めて自らの忍の能力の高さを実感する。
自分が忍との戦いにこれだけ苦戦させられたのに、同等、いやそれ以上に渡り合う佐助はさすがは真田忍を率いる長だ。
しばし続いたその音も一層激しい音が鳴れば、姿はないがそこらに何人か崩れ落ちたようだった。
そして佐助が返り血一つ浴びず、飄々と現れる。

「ハーイお待たせ。さて旦那、傷見せて」
目の前に腰を下ろした佐助に腕を取られる。
「ち、違うぞこれは先に奇襲部隊を退けた時の傷であってだな、忍の刃は喰らってはおらぬぞ!」
「へぇーホント?そりゃ凄い」
深手となるものは負っていないはずだ。そう血を流した覚えもないので血さえ止まればよいと思っていたが、佐助の顔が傷に近づく。
「ちょいと失礼するよ。念の為、味だけ見させてね」
「っ」
血の止まりかけた傷口に唇を寄せられると、ピリ、と小さな痛みを覚える。
傷の上をなぞる様に這う舌がこそばゆく、目を伏せた佐助の顔を見ていられない。
「……はい終り。大丈夫だね。此処に来た時、微かに毒の臭いがしたから気になってさ」
直接斬られてなくても傷口に毒が触れたら同じだからと、水で洗い流されて軟膏を塗りつけられ、てきぱきと処置がなされていく。

額に巻きつけた手拭いも巻き取られ、水を染み込ませた別の手拭いで血を拭われる。
「ほとんど血は止まってるけど、鉢巻は千切れた?」
「仕方なかろう、気づいた時には無かったのだ」
「裂いた手拭いじゃ格好つかないねぇ」
へへーと笑う佐助をじろりと見やると、ごめんごめんと詫びながら背に回られる。
「こんなこともあろうかと思いましてね、俺様ちゃんと用意させて頂いておりますよ」
佐助が懐から取り出した見慣れた赤染めのそれは、まぎれもなく自分が着けていたものと同じ鉢巻だ。
「さすが佐助だな…離れておったのに鉢巻まで携帯しておるとは」
「俺様ほどの忍となればね~。…なんて言っても、実は繋ぎを受けた時に預かっただけなんだけどねー」
しゅ、と伸ばした赤の鉢巻を額に添えられ、しっかりと結ばれる。
「やはりこれがあれば気合が入るな」
「旦那はいつだって気合入ってるでしょー。それにしてもよく毒受けなかったね」
「お前が忍の武器に気をつけろというから」
「お。ちゃんと覚えててくれたんだ。偉い偉い」

くしゃくしゃと髪を撫でられる。
いつもなら子ども扱いするでないと言ってやるが、今は久方ぶりに顔を見た佐助にもたれかかる。
「どしたの。疲れた?」
髪を梳くように撫でていた手が肩に回ると、その腕に、ぎゅ、と抱きしめられる。


唯一、掛値なしの我侭を言える相手。 (我侭を言うのはきっと甘えたいから、なのだろうな)
唯一、強きも弱きもどんな心もさらけ出せる存在。 (全部受け止めてくれると知っているから)
唯一、個人として甘えられるただ一人。 (良き主にならねばと思うが、この居場所だけは誰にも譲れぬ)


「…任務は終えたのか」
「万事問題なし。後は報告だけ。…ってかねぇ、俺が此処通らなかったら旦那どうしてたの。
護衛も付けずに一人でなんかいるから忍に狙われんだよ、分かってんの?」
「わ、分かっておる!すぐに追いつくつもりだったのだ!そもそも久しぶりに会うたのに、何もそう小言ばかり申さずともよかろう…」
「いーや旦那には言える時に言っとかなきゃまた一人でふらふらすんだから」
「俺は子どもではないぞ」
「子どもじゃなかったらこんな風に頭擦り寄せてきたりしませーん」
「………」
そういう佐助の顔をじっと見上げる。
「…なに?何かついてる?」
「こういう会話も久し振りだな」
「そういえば今回の任務長かったからねぇ。さっ旦那ちゃっちゃと大将のとこ戻りますか。最後の詰めがまだ残ってる」
「ああ。佐助、長き任ご苦労であった。任務帰りのところ済まぬがもうしばし働いてくれ」
「はいよ、さっさとケリつけて甲斐に帰ろっか。屋敷に戻ったら久しぶりに団子作ったげるよ、俺様特製草餅と御手洗団子」

「!うむ!」

音の絶えた森の外れで鴉がばさりと飛び立った。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

今回書きたかったのは、旦那の体術。
弁丸時代から稽古相手は佐助が務めていたと思います。基本的な太刀筋とかね。
幸村の頃からは周りの武士やお館様に鍛えられ、でも体術は佐助だといい。
忍はありとあらゆる武器に精通した者ですので、教わって損はないですし。
そういや武器のみでなく毒や薬にも長けてるとなると…忍って凄いよなぁ…。+@佐助は家事も暗殺もやっちゃうぜ☆すごいよ長!
なので槍のみでなく己の拳や足でも戦おうとすれば戦えるはずだと思いまして。
佐助仕込みの体術だから、忍相手でも時間を稼ぐことが出来たわけです。
忍との戦いはやっぱ忍に任せるのが一番ですねー。
やっぱり主従色が濃くなっちゃうなー、ちがう佐幸!佐幸が書きたいんだ!
なので、ほんのり佐幸風味でお届けします。
タイトルの意味は、幸は佐助が遠く離れていても、必ずや求める時には現れると本能で分かってる。
共に過ごしてきた時間がそれを示していて、来ない、ということは考えない。
絶対的な信頼…、それが当然であるからさして疑問にも思わない。
佐助ならばと信じているのではなくて、知っている。長年刻み込んだ2人を繋ぐものが、それを知らしめている。
どんなに遠い地でふたり離れていたとしても、それが支えとなる。
そういう関係もいいよねってことです!


「そりゃお前らの言い分も分かるよ?俺が留守にしてたから気を遣ったんだってことも。だからってさぁ」


世に珍しい光景があるとすれば、忍の集団正座ほど話の種になるものはないだろう。
今の所は戦もない平和な世であれば。

「示し合わせたならまだしも、全員が全員同じこと考えてそれぞれ行っちゃうってどうなのって話」

忍の庵で長である佐助が不機嫌を纏わせて上座に君臨し、説教を始めてどれほど時間が経ったか。
その前にはずらりと正座をさせられた真田忍、計9名。
弁明をしようとしても、口を開く前に佐助の獲物を射るように鋭い眼光で睨まれれば、口を紡ぐしかない。
心なしか佐助の背後にあるはずのない仁王像が見える気がする。
「くれたもの全部食っちゃう旦那も旦那だけど、あの人のそういうとこ知ってるだろ?それだけ連携して動けるなら誰が行くかくらい決めてけよな。なんで一番基本的なこと抜けちゃうかな」
佐助の手より床に落とされたのは、団子やら饅頭やらの甘味が包まれていたであろう葉の固まりだ。
丁度正座させられている忍の人数分の量がそこに束ねられていた。

佐助が上田を留守にしていたのはほんの一日だった。
幸村には留守にすると伝えてあり、夜には戻ると言えば「息災にな」とあの笑顔に見送られて発った。
そしてつつがなく役目を果たし、報告をする為に幸村の部屋に向かえば、朝と同じく笑ってくれた。
嬉しそうに「おかえり」とはにかんでくれたもんだから、大して疲れちゃいないが疲れなんか一気に吹っ飛んだ。
この笑顔があるから自分はこの人の為に何だって出来る。
思わず抱きしめたい衝動に駆られるも、まずはお役目だと自分に言い聞かせて報告を済ませた。
労いの言葉を受けて、ようやく一息ついて、夜も更けたので旦那の布団を敷こうと腰を上げた時だ。
視界の端に屑籠に押し込まれた甘味の葉が映り込んだのは。
一日分?とんでもない、朝夕合わせても到底一日分には多すぎる。まさかこれを全部食べたのか。
緩んだ顔が途端に険しくなり、眉間に皺を寄せてそれらを取り出して、旦那これ何?とあえて笑顔で問えば、才蔵達がくれたのだ!とこれまた笑顔で返された。

へーそう。それで旦那は全部食べちゃったんだ?
うむ、大層美味かった!

主従の和やかな空気はここでぷつりと切れた。
その時、主の部屋からは恐怖に駆られた幸村の絶叫が聞こえ、佐助の説教が延々と続いたという。
後日、幸村はその時の様子を恐ろしげに、佐助が般若に見えたとぼそりと語った。
明くる日、幸村への説教を終えた佐助が真田忍の強制召集をかけたのは言うまでもない。
そして現在に至る。
何のことはない。佐助が留守にしていた為、幸村の恒例の甘味を佐助に代わって用意したということだ。
それだけなら何の問題もない。
しかしそれぞれがてんでに買ってきて、別々の場所で幸村に差し出していなければだ。
主を思い、気遣って用意してくれたのは有難いが、まさか全員同じことを考えていたとは考えていなかったらしい。
此処に呼び出されて正座させられるまでその事実を知らなかったという。

(なんでお前らまで団子買ってきてんのよ)
(幸村様喜んで下さったし)
(だって絶対長がいないと忘れてるだろうなぁって。…全員買ってたとはね)

互いが互いに忍独特の空気を切る会話で文句を言い合うそれに、佐助の容赦ない雷が落ちた。
「言い訳なんざ聞きたくないの。忍は結果が全て。ハイ、何か言うことは?」
「…スイマセンデシタ」
「…以後気をつけます」
「…ごめん、長」
やれやれと深く溜息をついた佐助は、その場に腰を降ろした。
「反省したならいいよ。旦那にも言い聞かせたし、食っちまったものは仕方ない。
旦那はあれで喜んでた。お前らも旦那の為を思ってやったことだもんな。
今回は重なっちゃったけど、お前らが旦那を思う気持ちは本物だから、方向性さえ違えなければそれでいい」
「ですが…幸村様の御健康に支障が出ては」
「ああそれは大丈夫。ちゃんと釘刺しといたから。一日何本って一緒に決めたからね。
それに旦那も悪いってことでとりあえず明日の夕まで団子抜き」
「…幸様に申し訳ないです」
しゅんと落ち込む年若い忍の頭をぽんと叩く。
「何言ってんの、旦那はたらふく食えて満足してんだから。昨日俺があれだけ言ったのに今日にはケロッとして鍛錬してたし…ほんと、少しは分かってくれてんのかね」

口ではそう言いながらも、佐助が幸村を見る目はいつだって優しい。
そして幸村に忠誠を誓い、佐助を慕う真田忍もこの上司2人が笑い合って、其処に居てくれればそれでいいと思っているのだから重症だ。
慣れない正座で足が痺れようと、それを小助に突っつかれようと、その先に変わり者の主に心を与えられた忍の願いがあるなら、いくらでも身を張れる。

あの主が笑っていられるように、その主の隣にいつも素直じゃない長がいられるように。

ただ、それだけを願う。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


…終わり方ってどうすればいいんですか!誰か教えてください(笑)
なんてーかまた予定外のモノを…書いてしまった…てか最近進むの早いな…。
書きたかったのは冒頭の、佐助により正座させられる忍9名(笑)
いや…長は怒らせると怖いんだよって話。
怒るのとキレるのはまた違いますからねぇ。佐助は幸には当然甘いけど、部下にも結局はやさしいんだよって感じがします。
小助はちびこいのと幸似で佐助から可愛がられてると思う。
で、多分一番長スキな筧辺りは何となく面白くないから後で小助に八つ当たりする。大人げない!(笑)
もちょっと短文とか書いてみたい。酔っ払い主従+面倒見る忍達とか…書きたい、ってか読みたい!誰か書いて下さい(笑)
オカシイなー佐幸だけより、忍’ズ出した方が書きやすい…。

”雪の朝”

2009年3月3日 BASARA SS
その日、上田は珍しく雪が積もった。

「佐助!雪だ!雪が積もっておる!」
朝から無駄に元気な主が障子を開けるとそこに広がるは一面の銀世界だった。
池や連なる木々も空も屋敷も全てが雪の白に覆われていた。
「さむっ旦那閉めて…寒い…」
佐助は瞳は覚めたものの未だ布団から出ようとはせず、もぞもぞと頭から布団を被る。
「これしきの寒さで弱音を吐くでない。日々の鍛錬が足らぬぞ!」
興奮冷めやらぬ幸村は嬉しそうに次から次へ降ってくる雪を見つめた。
まるで散歩に出るのを待ちきれない従順な犬のようだ。
もし犬のように尻尾があったならぱたぱたと揺れていただろうに。
「鍛えても寒いもんは寒いんです」
布団の中からくぐもった声で佐助が返すと、障子が閉ざされる気配がした。
ようやく自分の寒さを分かってくれたかと安堵したのも一時。
次にずしりと重いものが腹の上に乗ってきたのだからたまったもんじゃない。
「ぐえっ、俺様潰れる…」
「外に出るぞ佐助。早く起きぬか」
「勘弁してよ…雪積もってんじゃん…」
「雪だから外に出るのだ。雪だるまを作らねばならぬ!」
「俺様さむいの苦手なんだってば。ってかあんたいくつよ…」

行くぞ、いやだと押し問答を繰り返す内にも降り続く雪に、落ち着かない幸村はつまらぬ奴めと呟いて佐助の上から降りた。
やっと諦めてくれたかと布団から顔を出すと、再び障子は開け放たれていてまさに縁側から庭先へ幸村が足を下ろしたところだった。
「ちょっちょっとあんた何やってんの」
「知れたことよ。薄情な忍はそこで惰眠を貪っておれば良い」
付き合いの悪い佐助に機嫌を損ねてしまったが、雪の誘惑には勝てず、起きたままの寝着で外に出ようとしている。
この寒いのに何考えてんだこの人は。
「そんな薄着で外に出たら風邪引くでしょーが!」
こうなれば仕方ない。布団のぬくもりは恋しいが、主をそんな姿で外に出させるわけにはいかない。
布団に別れを告げて、羽織を持って幸村の肩に掛ける。
縁側は当然の如くひやりと冷えて足先から凍りそうだ。雪景色は綺麗だとは思うが、朝から外に出ようとは思わない。

「うへぇ~冷た…あんたよく平気だね」
「風情を楽しまねば勿体無いであろうが」
「はいはい。満足したら中入ってよ。とりあえず着替えて、朝餉済ませて」
「ならぬぞ、雪だるまを作ると言っておろうが」
「こんな中で駈けずり回ってたらあんたの方が雪だるまになるっての。俺様、雪の中から主を発掘するの嫌だからね」
「雪だるまになどなるか。見ておれ佐助!」
佐助の制止も聞かず、好奇心旺盛な主は下駄を履いて庭へと飛び出して行ってしまった。
「あっコラ旦那ァ!寒いって!風邪引くから!」
「そんな柔な鍛え方はしておらぬ故、心配致すな!小助、海野!」
屋根の方を見上げて仕える忍の名を呼ぶと、雪に紛れて気配すら感じさせず、幸村の前に影が降り立った。
「お召しで?幸村様」
「幸様、雪ですよ雪!」
「うむ!早速だが、雪だるまを作る故、手を貸してくれぬか」
「「御意!」」
とにかく何事も楽しむ心根の海野六郎と、単純に雪が積もっていることが嬉しい穴山小助は、嬉々として幸村に従う。
こうなれば幸村は何を言おうと耳に入らない。
まあ旦那のことだ。少しの間なら大丈夫だろう。風邪を引かない程度ならいいかと諦めた。
しかし満面の笑顔で忍を連れて雪玉を転がす幸村を見ているのも微笑ましいというか、可愛らしいというか。
結局は自分は幸村には甘いのだ。
そんなことは分かっているが、あれが戦場では紅蓮の鬼と呼ばれている真田幸村と同一人物であると誰が思うであろうか。
いや、知られる必要などない。

「(俺が知っていればいい)」

吹き抜ける寒風など知らぬ顔で雪玉を転がし続ける主を見ながら、小さく沸いた独占欲を白い息と共に空気に溶かす。
そもそも自分が厚かましくも身分不相応に主と閨を共にしたのは、ただ単純に幸村が布団に入って寒いと文句を言ったからだ。
子守唄を唄いながら寝かしつけた昔と違い、主への忠誠以外の思いが生まれてからは、甘えたがりの主が求めない限りは共に寝ることなどしなくなった。
しかし冬になり朝晩の冷え込みが厳しくなってくると、幸村は佐助を布団に引きずり込む。
それも頻繁になり、昨日だけではなく任務がない夜などは大抵佐助を傍に置いて離さない。

だがよくある我侭の一つだと括ることは出来ない。
元々体温が低い佐助は冬が苦手である。それを知っている幸村は自分が寒いという理由をつけて寒がりの佐助を引っ張り込む。
幸村は炎を宿す異能の持ち主の為か、冬だろうがいつでも体温が高い。
寒くて眠れないということはないはずだ。寝付きは良いので布団に入ればあっという間に眠ってしまう。
その熱を持って自分を温めてくれようとしている幸村の心遣いは有り難いが、自分より体温の低い者にくっついても温かくも何ともないだろうに。
むしろその所為で幸村が風邪を召しでもしたら本末転倒もいい所だ。
いくら丁重に辞退しても、しゅんとうなだれて袖を掴まれてしまえば終わりだ。
あんな表情をされてさっさと消えることなど出来やしなかった。所詮、惚れた弱みというやつだ。
人としての優しさや慈しみは幸村の長所の一つだが、忍相手にすることじゃないよと言えば、
(「忍だの武士だの関係ない。佐助は佐助だ!好いた相手と共に居たいというのは当たり前のことだろうが!」)
と怒鳴られた。わぉ男前、と感嘆したのは内緒だ。

「佐助、お前も此処へ来ぬか」
はっと現実に引き戻されて、考え込んでいたことにそこで気づく。忍失格だと溜息をついて幸村を見やる。
案の定手も足も真っ赤で、寒いを通り越して麻痺してんじゃないかと思う。見ているだけで寒い。後で湯を用意しなければ。
「俺様は遠慮しますよー、これから布団片して朝餉の準備しなきゃいけないし。3人で仲良く遊んでて下さいねー」
まるで子どもに言い聞かせるような言い方だと自分でも思ったが、元服したにも関わらず、雪と戯れる様はどうみても大人には見えない。
「む」
「いいじゃないですか幸様、長もお忙しそうですし」
「俺達じゃ役不足ですか~?」
「そのようなことはないぞ!佐助がそこで突っ立っておるから」
「変わり者の主を持つと苦労するんですよー、考えることが多くてねー。さーて片付けに着替えに朝餉の支度っと」
背中に叫ぶ主の声を受けながらさっさと部屋に戻って、乱れた布団を片付ける。
ふと思いついて障子からひょいと顔を覗かせる。
「旦那ぁ」
「なんだ」
幸村はいつもころころと表情を変える。今はへそを曲げて拗ねているが、機嫌の取り方なら重々承知している。
「折角だから、かまくらも作ってくんない?体冷えたでしょ。あったまるもの作ってもらうからその中で食べなよ」
「なんと!雪の中で朝餉が食えるのか?」
「今日だけ特別ね。その後なら俺も付き合うからさ、それで許してよ旦那」
「相分かった。ならば俺はそこらの雪をかき集めて、この屋敷に勝るとも劣らぬかまくらを作り上げようぞ!」
「そこまで頑張らなくていいよ!」

佐助がひとしきりの支度を終えて、朝餉の膳を持って廊下を歩く。
幸村が喜ぶならといそいそと汁粉も用意してしまうところが佐助の佐助たる所以だ。
しかし庭先にあったのは、例えるなら四国の鬼の操る重騎のようにバカでかいかまくらだった。
限度ってもんを考えなさいよ、と朝から佐助の小言が始まったが、その入口に3人作のお館様雪だるまと、小助・海野作の幸村雪だるま、そして幸村作の佐助雪だるまがちょこんと並んでいるのを見て、何も言えなくなってしまったという。



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今日は朝から雪が降っておりましたね!
ということで、「真田主従で雪の朝」です。はしゃぐ主と寒がり忍。with真田忍。
冬になったら一緒に寝てるといいと思うよ。
毎回引きずりこまれるけど決して嫌じゃないし嬉しいんだけど、色々と葛藤があるんですよ。特に好きな相手だと余計に。
アレ?これは佐幸なのか主従なのか。デキてるのかデキてないんだか。自分でも分かりませぬ。
十勇士も、出せば話が進みやすいという…!孔明め!手の込んだことを!
今回は小助と海六でした!
イメージ的には小助は影を務めるだけあり、幸似で背はちびこい感じ。影になる時は術で化けるから身長は関係ないです。無邪気。幸様呼び。
でも仕事はシビア。多分筧の次に長がすき!てか真田忍はみんな長が好きだと思うよ。幸村は当然としてね。
逆に海野は大柄で背が高いイメージがあります。筧とはふざけ仲間。結構古株なんで言いたいこと何でも言っちゃう。小助と並ぶと大と小って感じ。肩車とかしてそう!
あー…全員出したら収拾つかないな…。でも書いてる分には楽しかったぜ!
朝餉の後はおそらく雪合戦に発展すると思います。幸村の雪玉は馬鹿力でガチガチに固めてあるんでうっかり当たるとヤバイです。
屋敷にいた真田忍は駆り出されて全員参加。忍なのに忍ばずに雪玉投げまくります!
暇だな真田隊!(笑)

これ幸村じゃなくて弁丸でも可愛かったかも。

「さすけさすけ!ゆきがふっておる!」
「…そうだねぇ」
「みにゆくぞ!おきろさすけ!」
「えーもうちょっと寝てなよ若…朝餉食べてからにしなって」
「いやだ!いますぐゆくのだ!」


乗っかられて布団の上からぺちぺち叩かれるんですよ。か、かわいい…(笑)

今度はも―――少し佐幸よりに書きたい、です。
まだまだ書きたいネタがあるんですよー。今以上にお館様馬鹿な幸とか。酔っ払い主従とか。真田忍からみた主従とか。雪の朝、別verとか(布団の中で何をするでもなく、2人ゴロゴロしてるとか。寝顔観察もアリですね。てかこれは主従じゃなくて佐幸ですね)
ネタが溜まれば形にします!
「…はぐれた…か?」

上田城下。

自室で執務をあらかたこなし、そろそろ一息つくかと首を捻りながら畳に転がった。
穏やかな時間がゆるやかに流れる平和な一時。
敬愛してやまない信玄その人からも、各地に放っている忍からも、戦が起こるという報せはなく、民は勿論のこと城主である幸村も久方ぶりの平和な時間を満喫していた。
筆は書きかけで放り出してあるし、床に置いた巻物も腕で邪魔そうに押しのけたので、もし傍仕えの忍に見られていれば行儀が悪いと窘められていただろう。

『筆はちゃんとしまう!乾いたら最悪だよこれ。片付けられないなら捨てちゃうよー』

お前は俺の母君か。
今まで何度も思ったが口にはしなかった。
そういえば今日は朝からあの顔を見ていない。朝起こしにきたきりふらりと何処かへ行ってしまった。
(声は聞いたが、瞼を開ける前にいなくなっていた)
「……ふむ」
呼べばすぐに現れるだろうが、たまには俺が探しに行っても良いな。
そう思えばすぐに行動したくなる性ゆえ、上体を起こして立ち上がると障子をスパンと開け放つ。
佐助が普段何処にいるのかは分からないが、とりあえず足が向くまま歩いてみた。

「天気が良いな、部屋に籠っていては勿体無い」

すれ違った女中に佐助を見なかったかと聞くと、向こうに居たとの情報を得て廊下を曲がる。
やけにあっさり見つかった目的の忍は廊下に腰かけて忍道具の手入れをしていた。

「佐助?」
声をかけると気配で気付いていただろうに、今気付いたかのようにすっとぼける。
「あっれ旦那どしたの?」
「お前こそどうした?今日は朝から姿を見ておらぬぞ」
「ああ、朝はちょっと急用が入っちゃってさ。それで、今は久しぶりに時間取れたから道具の手入れしとこうかなーって」
佐助は磨いた苦無をくるくると回して戻す。相変わらず見事な扱いだと幸村が感嘆の息を零す。
「でも旦那が来たから今日はもうおしまーい」
「何故だ。俺は見ていたい」
つまらなそうに眉を歪めるが、どこ吹く風と気にしない佐助はさっさと片付けてしまった。
「見てたってつまんないでしょーが。俺も旦那がお仕事してる間だけのつもりだったんだし。それより何か用だった?呼んでくれれば俺が行ったのに」
そう言われて別に目的があったわけではないことに気がついた。
顔を見ておらぬから少し物足りなさを感じた、などとは言えない。
「い、いや、そうだな、天気が良いから、」
「ん?それで」
明らかにしどろもどろな幸村に気づいていながらも、佐助はその様子を見て楽しんでいる。
幸村がここにきた理由なんて分かっている。
それでも確実な言葉は簡単に与えない。…意地が悪いぞ佐助!
振り払うようにぶんぶんと頭を振って、立ち上がる。
「城下に参る!ついて参れ佐助ぇ!」
「ええ?今からぁ?」
せっかくだからごろごろしてたいなーという忍の意見はその辺に放り投げて、佐助の襟を掴んで引きずりながら歩いてきた廊下を戻った。
「ちょっ旦那っ苦しいって、分かったから!」
だから離してー!と上がる非難の声はあえて聞こえないふりをした。先程のお返しだ。


そして舞台は今に至る。
城下はなかなかの賑わいを見せており、人混みをかき分けながら進んだ。
それとなく身分が分かるような格好はせず、あくまで目立たぬようにしてきたのが仇となった。
土産の団子も買ったし、そろそろ城に戻るべきか。

「さて帰るぞ、佐す」

け、の言葉は声にならず、振り向いたところには慣れ親しんだ橙はいなかった。
ただでさえ今日は人が多いので、一度はぐれたらなかなか見つけられない。
昔から佐助には迷ったらそこを動くなと言われてきた。ちょっと待っててくれたら俺がすぐに迎えに行くからとも。
しかし今は往来の中であり、この中にいては余計に見つかりにくいだろう。
そう考えた幸村は道をそれて少しばかり静かな川原に腰かけた。
「…いくら天気が良くとも、団子があっても…お前がおらぬのでは…意味がないではないか」
口を尖らせて膝に顔を埋めてみたが、一向に忍が現れる気配はない。探してくれてるのだろうが、もう少し見つけやすい場所のが良いか。いや、これ以上動くと余計に。
動こうにも動けず、逆に探しに行こうかとも思ったがそれは逆効果だと諦めて、団子の封を解く。
「…美味い」
一串咥えるとほどよい甘味が口に広がる。確かに美味いが、一人では味気ないし二人で食べた方がより美味いに決まっている。
やはりその辺りを回ってみようか。口に残っていた団子を飲み込んで、荷をまとめていると背後から声がした。

「迷子の旦那、みーつけた」

反射的に振り返ると、相変わらず飄々とした笑みをした佐助がいた。
「さ、さすけ」
「もー勝手にどっか行っちゃわないでよ」
「消えたのはお前の方だろうが」
「えー俺様?うっそだ絶対旦那だよ」
見つかったからいいけどねーと苦笑しながら、幸村の頬の餡を指で拭う。
「ああもう口の周りべったべた。もう少し綺麗に食べれないの?あんたってひとは」
反論もできず言葉に詰まっていると、口を手拭いで拭かれて、団子と荷を持っていかれた。

「ほら、帰るよ」

自然に差し出された手。
例えそれがはぐれない為のものであったとしても、佐助からこうして手を伸ばされることが思いがけず嬉しかったものだから、機嫌を損ねたことも吹き飛んでしまう。

「うむ!帰るぞ!」

嬉しくなって手を重ねると、幸村よりは冷たいが確かな温もりが伝わる。
城に戻るまでというのがもったいないが、今はこの時間を十分に満喫しよう。
この手の冷たさが自分の熱と溶け合って丁度いい温かさになる。
穏やかなこんな日がいつまでも続いて欲しいと、乱世にありながら願わずにはいられない。



…真田主従で、手を繋いでみよう。て感じです。
佐幸ではないですねぇ、なぜか真田主従になってしまう。孔明の罠か。
幸は突っ走るので佐助は探し回るのには慣れっこです。
この2人は昔からの慣れで、普通に手繋ぎます。スキンシップ大好きです。
主従だからで遠慮するとかはなくて、どちらかがあっさり手を差し出せば、当然のように手繋ぐわけですよ。
これが自然になっちゃってる。そんな関係が好き。
またまた突発的に打ち込みました…後から直せるとこは直します。
久しぶりに時間が取れたので、旦那が机に溜まった仕事に向かって唸っている内に、新人の忍の修行に顔を出した。
今日は確か才蔵がついているはずだ。
屋敷を越えて降り立つと、何だかんだと言いながら訓練をする忍らが見えた。
「どうよ、頑張ってる?」
へらりと笑って歩いてくる佐助に気付くと、各々手を止めて畏まる。
「長!」
「あー俺のことは気にしないで続けて。ちょいと見にきただけだから」
そうは言えども真田忍隊を率いる猿飛佐助、忍の世界で知られる名と実力は計り知れない。
空気が尊敬と緊張に変わり、どことなく落ち着かなさそうだ。
佐助はついと全体を確かめるように見渡す。
「おーさ」
その横に同じく忍が身軽に木から飛び降りた。
「なに筧、お前来てたの」
「あーひっで長ぁ!幸村様は?」
「旦那は机と格闘中。もうじき腹減ってお呼びがかかるだろうから俺も戻るけどね」
「そっかそっか八つ刻か。てか長聞いてよー」
けらけら笑いながら佐助の肩に腕を回して笑う筧。
幹部連中は佐助に対してはズケズケと物を言い、遠慮などはない。佐助が幸村に対して敬意からの軽口を叩くのと同様だ。
「ちょっとー重いんだけどー」
それを咎めることもなく、こうして忍のみの時は好きにさせている。
「コイツがねー、手裏剣全部使っちゃったって。仕方ないヤツだろー」
「おおお長ッ申し訳ございませぬ!つい夢中で」
新人忍びを捕まえて楽しそうな筧。あくまで和やかな雰囲気であるので、やれやれと息を吐く。
「新人で遊ぶなっての。熱くなんのはいいけど、忍が丸腰でどうすんの」
「長、手本見せてやってよ」
「おおっ」
「ちょい待ち、隠し武器公開する忍がどこにいんだよ!」
やんやとやんやとはやし立てる幹部連中、後で殴ろう。特に筧と海野。
「才蔵、何とか言ってやってよ!」
だんまりを決め込んでいた副官に助けを求めるが、口元で笑うだけで助けてくれる気はなさそうだ。
いつのまにか取り囲まれてんだけど。なにこの見せ物状態。
どこからともなく手拍子と「長」コールが始まるし、俺様超四面楚歌。
ここまで期待されて無下にはできない。がっくりうなだれて深い溜息を吐いた。

これも教育の一環てやつ?
真田忍隊長の実力見せ付けてやろうじゃないの。

顔を上げた先にある訓練用のわらを巻きつけた棒を鋭い視線で射り、手を軽く振ると指の間にはそれぞれ鋭利な暗器が出現しており、同時に棒に向けて放たれると急所を外すことなく深く刺さる。
手本故に、苦無や棒手裏剣も同じように操る様を披露した。
その度に歓声があがるのだけはどうにかしてくれ。
最後に腰の大型手裏剣で棒の根元を浚うと、それはごとんと力無く地面に転がった。
「…っとまぁこんな感じかな。何処に仕込んでるのかは内緒」
「長ァァァ!」
「流石で御座いますぅぅ!」
さすが真田幸村の忍、無駄に暑苦しい。忍なんだから、頼むから他ではやるな。
まあこれで訓練に熱が入るなら良しとするか。

輪になっていた連中もそれぞれの持ち場に戻り、訓練を再開したのを見届けると、そろそろ旦那の所へ戻るかと空を見上げた。
澄んだ青を見慣れた部下の顔が邪魔をする。
「お見事です、長殿」
にやにや笑いながらわざと畏まる筧の頭を勢いよくはたいてやった。
「いたっなんで叩くの長。暴力反対!」
「元凶はお前だろ。大体俺じゃなくてもお前や海野が見せてやりゃ済むだろ」
「いやぁ一応長の威厳てもんを新人にビシッと見せてやんなきゃさあ」
「威厳?そんなもんお前らが俺をからかいの種にしなきゃいい話」
「これは俺らの愛情表現だから♪」
「気色悪っ、なに?お前らなんなの!」
わざとじゃれるようにしがみつく筧を往復ビンタであしらうと、黙って成り行きを見ていた才蔵が口を開いた。

「…猿飛」
「ん?」
す、と才蔵が指し示すは自分の袖。何だと思って腕を上げるとぼろっと小さな物が零れ落ちた。
空いた片手でそれを掴まえると、その辺に放ったらかしておいた筧が興味を持って見上げた。
「なにそれ」
「あー…旦那の」
「幸村様?」
白く塗られた細長い何かは佐助の手の中で存在を主張している。
「独眼竜から分けてもらったんだってさ。飴」
「それが飴?」
「そ。形からして棒手裏剣っぽいでしょ。あの人いくらでも食べちゃうからさ、食べ過ぎないように俺様が預かってんの」
鍛錬はしすぎってくらいしてるから太りはしないけどさー、甘いものばっか食べてると体に良くないしねー、とぶつぶつ言いながら零れ落ちたそれを袋に戻す。
「まだあるな」
「さっすが才蔵。旦那、腹減ったら茶箪笥あけて探し回るからね」
飴袋を落とすと筧がそれを下で受け止める。
すると何処から出てくるのかもはや分からない数の甘味が次々現れる。
出てくるたびに才蔵に持たせているが、その量は一人分のおやつの域を超えている。
買った店の名まで出してくるが、正直幸村と佐助の間でしかその会話は成り立たないだろうと居合わせた2人は思う。
「ちょ、ちょっと待って長、才蔵がおやつに埋もれて見えないんだけど!」
「へ?ああごめん、出しすぎたね」
腕いっぱいに佐助から渡された幸村用おやつを抱える才蔵の姿はもはや見えない。おやつに足が生えて立っているようだ。
それまさか一日分じゃないよな、とは怖くてとても聞けない。
この真田忍隊の長を務める橙の忍は、主のことになると時折抜けている。

何故か大量のおやつを抱えた副官とそこから零れ落ちてくるのを下で受け止めている筧とさして気にする風でもない長の姿は周りからすれば異様だ。
だが先程の佐助の技を見た忍連中は目を輝かせて叫ぶ。
「長のような一流の忍になるには、絶えずおやつを忍ばせておけばいいのですね!」
「不覚!某、今は持ち合わせがないでござる!」
途端におかしな方向に火がついた部下達はいかにおやつを懐に忍ばせるかに夢中になっていた。
「は!?おいおいお前ら何言って」
あまり物事に執着しない才蔵は置いて、今この状況に突っ込めるのは筧のみだ。
佐助はこの変な状況を生み出した本人なのでどうしようもない。
「だめだめ、お前らがおやつ持ってると旦那に見境無くあげちゃいそう」
「(長!問題点はそこじゃねぇぇ!大体こんなにおやつ持ってる忍なんて長しかいないから!)」
筧の魂の突っ込みにも気づくことなく、佐助は山盛りのおやつを手に取った。
「しかし長」
「おやつ忍ばせる技磨くくらいなら忍の技磨けって」

そう言いながら才蔵が抱える山から少しずつおやつが減っていく。
確かに佐助が持っているのだろうが、どこにどうやって収納しているのかさっぱり分からない。
早すぎて手元が見えないのもあるが、忍装束にあの大量のおやつが収納できるわけもない。
現時点では唯一まともな思考のはずの筧もぽかーんと口を開けて呆気に取られている。
そうこうしている内にあの膨大な量は佐助の忍装束に消えていった。ぱんぱんと手を打つ。
「完了っ。ほらほら、持ち場に戻れ。才蔵、引き続き指導頼むな」
「了解」
明らかにありえない光景に動じることなく、冷静な副官はその場からかき消えた。
残された筧は佐助から額を指で弾かれるまで、その場にへたりこんでいた。
「筧。お前も戻れ」
「へ?あ、ああソウデスネ…」
「なに変な顔してんの」
相変わらず変な奴だと首を傾げる長は、さすがは我らが主の腹心を努めているだけある…と思う。あらゆる意味で、図太い。
筧が顔を上げると、屋敷の方からいつだって元気な幸村が「佐助ぇー!」と叫んでいる声が聞こえてきた。
そういえば八つ刻だった。
「それじゃ俺は行くから」
幸村の元に馳せ参じる為佐助が屋敷へ向かおうとしたので、思っていた疑問をその背に投げかけた。
「なあ長…一つ聞いてい?」
「手短にね」

「………それ、腐んないの?」

それは全部幸村様用か、一日分か、どこに収納してるのかとか疑問は尽きないが、あれだけの量を持ち運んでいて痛まないのだろうか。
すると佐助は飄々と言いのけた。
「俺は日持ちするものしか持たないからね」
「え、じゃあ団子は」
「団子とか饅頭はその日に食べなきゃ固くなるから、俺が出来たて買ってきてる。今日のは此処に来る前に買ってあるから茶と一緒に出すだけ」
「ふーん…さすが長…」
「旦那待たせちゃ悪いし、じゃーね」
黒い煙と共に音もなく消えた佐助が向かったであろう屋敷の方を見やる。
主のことに関しては佐助の右に出る者はいない。

「幸村様も良い忍隊長をお持ちで…」
はは、と苦笑いをしながら立ち上がると、新人忍の投げたであろう手裏剣が頭をかすめていった。
「誰だこれ投げたの…」
「筧殿ッ申し訳ございませぬぅぅ!」
「またお前かぁぁ!」
せめて指導だけはきっちりしよう、と密かに拳を握りしめた幹部の忍が新人の集団に向かって飛んだ。






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はいっ、てことで突発的に書きたくなって構成も何も考えずに、心のままに打ちました。
全ては昨日のR-1だ…アレで忍者が飛び出したから…、十勇士と新人忍の訓練風景、て感じです。
十勇士は私の中で特にキャラ付してないから誰を出そうかと思って、あまり見ない筧にしてみました。
性格的にボケと見せかけて実はツッコミに回らざるを得ないポジションです。
もーちょっとふざけさせても良かったけど、それは同じようなふざけ仲間の海野にお任せします。
才蔵は言葉数は少ないけど常に冷静で物事に動じない副官です。実は天然なんじゃないか…本人は至って真剣です。
佐助はあのまんま、飄々してるけども幸が絡むと少しズレる。変な方向にいってしまう。本人無自覚なんでタチが悪い。
才蔵は気づいているが大したことじゃないと黙って見てる。放任主義!
佐助がボケの時のみ筧がツッコミに回らないと収拾がつかなくなる。
やばい、設定考えると楽しすぎる(笑)
幸、ほとんど出てませんねー。ケータイの方で弁丸時代のSSなら打ってますんで、これはまたその内。。
タイトルですが、長の気苦労っていうより…筧の気苦労じゃ?と後で思った。まっいっか!
佐助の忍装束は四次元ポケットだと思う。