久しぶりに時間が取れたので、旦那が机に溜まった仕事に向かって唸っている内に、新人の忍の修行に顔を出した。
今日は確か才蔵がついているはずだ。
屋敷を越えて降り立つと、何だかんだと言いながら訓練をする忍らが見えた。
「どうよ、頑張ってる?」
へらりと笑って歩いてくる佐助に気付くと、各々手を止めて畏まる。
「長!」
「あー俺のことは気にしないで続けて。ちょいと見にきただけだから」
そうは言えども真田忍隊を率いる猿飛佐助、忍の世界で知られる名と実力は計り知れない。
空気が尊敬と緊張に変わり、どことなく落ち着かなさそうだ。
佐助はついと全体を確かめるように見渡す。
「おーさ」
その横に同じく忍が身軽に木から飛び降りた。
「なに筧、お前来てたの」
「あーひっで長ぁ!幸村様は?」
「旦那は机と格闘中。もうじき腹減ってお呼びがかかるだろうから俺も戻るけどね」
「そっかそっか八つ刻か。てか長聞いてよー」
けらけら笑いながら佐助の肩に腕を回して笑う筧。
幹部連中は佐助に対してはズケズケと物を言い、遠慮などはない。佐助が幸村に対して敬意からの軽口を叩くのと同様だ。
「ちょっとー重いんだけどー」
それを咎めることもなく、こうして忍のみの時は好きにさせている。
「コイツがねー、手裏剣全部使っちゃったって。仕方ないヤツだろー」
「おおお長ッ申し訳ございませぬ!つい夢中で」
新人忍びを捕まえて楽しそうな筧。あくまで和やかな雰囲気であるので、やれやれと息を吐く。
「新人で遊ぶなっての。熱くなんのはいいけど、忍が丸腰でどうすんの」
「長、手本見せてやってよ」
「おおっ」
「ちょい待ち、隠し武器公開する忍がどこにいんだよ!」
やんやとやんやとはやし立てる幹部連中、後で殴ろう。特に筧と海野。
「才蔵、何とか言ってやってよ!」
だんまりを決め込んでいた副官に助けを求めるが、口元で笑うだけで助けてくれる気はなさそうだ。
いつのまにか取り囲まれてんだけど。なにこの見せ物状態。
どこからともなく手拍子と「長」コールが始まるし、俺様超四面楚歌。
ここまで期待されて無下にはできない。がっくりうなだれて深い溜息を吐いた。

これも教育の一環てやつ?
真田忍隊長の実力見せ付けてやろうじゃないの。

顔を上げた先にある訓練用のわらを巻きつけた棒を鋭い視線で射り、手を軽く振ると指の間にはそれぞれ鋭利な暗器が出現しており、同時に棒に向けて放たれると急所を外すことなく深く刺さる。
手本故に、苦無や棒手裏剣も同じように操る様を披露した。
その度に歓声があがるのだけはどうにかしてくれ。
最後に腰の大型手裏剣で棒の根元を浚うと、それはごとんと力無く地面に転がった。
「…っとまぁこんな感じかな。何処に仕込んでるのかは内緒」
「長ァァァ!」
「流石で御座いますぅぅ!」
さすが真田幸村の忍、無駄に暑苦しい。忍なんだから、頼むから他ではやるな。
まあこれで訓練に熱が入るなら良しとするか。

輪になっていた連中もそれぞれの持ち場に戻り、訓練を再開したのを見届けると、そろそろ旦那の所へ戻るかと空を見上げた。
澄んだ青を見慣れた部下の顔が邪魔をする。
「お見事です、長殿」
にやにや笑いながらわざと畏まる筧の頭を勢いよくはたいてやった。
「いたっなんで叩くの長。暴力反対!」
「元凶はお前だろ。大体俺じゃなくてもお前や海野が見せてやりゃ済むだろ」
「いやぁ一応長の威厳てもんを新人にビシッと見せてやんなきゃさあ」
「威厳?そんなもんお前らが俺をからかいの種にしなきゃいい話」
「これは俺らの愛情表現だから♪」
「気色悪っ、なに?お前らなんなの!」
わざとじゃれるようにしがみつく筧を往復ビンタであしらうと、黙って成り行きを見ていた才蔵が口を開いた。

「…猿飛」
「ん?」
す、と才蔵が指し示すは自分の袖。何だと思って腕を上げるとぼろっと小さな物が零れ落ちた。
空いた片手でそれを掴まえると、その辺に放ったらかしておいた筧が興味を持って見上げた。
「なにそれ」
「あー…旦那の」
「幸村様?」
白く塗られた細長い何かは佐助の手の中で存在を主張している。
「独眼竜から分けてもらったんだってさ。飴」
「それが飴?」
「そ。形からして棒手裏剣っぽいでしょ。あの人いくらでも食べちゃうからさ、食べ過ぎないように俺様が預かってんの」
鍛錬はしすぎってくらいしてるから太りはしないけどさー、甘いものばっか食べてると体に良くないしねー、とぶつぶつ言いながら零れ落ちたそれを袋に戻す。
「まだあるな」
「さっすが才蔵。旦那、腹減ったら茶箪笥あけて探し回るからね」
飴袋を落とすと筧がそれを下で受け止める。
すると何処から出てくるのかもはや分からない数の甘味が次々現れる。
出てくるたびに才蔵に持たせているが、その量は一人分のおやつの域を超えている。
買った店の名まで出してくるが、正直幸村と佐助の間でしかその会話は成り立たないだろうと居合わせた2人は思う。
「ちょ、ちょっと待って長、才蔵がおやつに埋もれて見えないんだけど!」
「へ?ああごめん、出しすぎたね」
腕いっぱいに佐助から渡された幸村用おやつを抱える才蔵の姿はもはや見えない。おやつに足が生えて立っているようだ。
それまさか一日分じゃないよな、とは怖くてとても聞けない。
この真田忍隊の長を務める橙の忍は、主のことになると時折抜けている。

何故か大量のおやつを抱えた副官とそこから零れ落ちてくるのを下で受け止めている筧とさして気にする風でもない長の姿は周りからすれば異様だ。
だが先程の佐助の技を見た忍連中は目を輝かせて叫ぶ。
「長のような一流の忍になるには、絶えずおやつを忍ばせておけばいいのですね!」
「不覚!某、今は持ち合わせがないでござる!」
途端におかしな方向に火がついた部下達はいかにおやつを懐に忍ばせるかに夢中になっていた。
「は!?おいおいお前ら何言って」
あまり物事に執着しない才蔵は置いて、今この状況に突っ込めるのは筧のみだ。
佐助はこの変な状況を生み出した本人なのでどうしようもない。
「だめだめ、お前らがおやつ持ってると旦那に見境無くあげちゃいそう」
「(長!問題点はそこじゃねぇぇ!大体こんなにおやつ持ってる忍なんて長しかいないから!)」
筧の魂の突っ込みにも気づくことなく、佐助は山盛りのおやつを手に取った。
「しかし長」
「おやつ忍ばせる技磨くくらいなら忍の技磨けって」

そう言いながら才蔵が抱える山から少しずつおやつが減っていく。
確かに佐助が持っているのだろうが、どこにどうやって収納しているのかさっぱり分からない。
早すぎて手元が見えないのもあるが、忍装束にあの大量のおやつが収納できるわけもない。
現時点では唯一まともな思考のはずの筧もぽかーんと口を開けて呆気に取られている。
そうこうしている内にあの膨大な量は佐助の忍装束に消えていった。ぱんぱんと手を打つ。
「完了っ。ほらほら、持ち場に戻れ。才蔵、引き続き指導頼むな」
「了解」
明らかにありえない光景に動じることなく、冷静な副官はその場からかき消えた。
残された筧は佐助から額を指で弾かれるまで、その場にへたりこんでいた。
「筧。お前も戻れ」
「へ?あ、ああソウデスネ…」
「なに変な顔してんの」
相変わらず変な奴だと首を傾げる長は、さすがは我らが主の腹心を努めているだけある…と思う。あらゆる意味で、図太い。
筧が顔を上げると、屋敷の方からいつだって元気な幸村が「佐助ぇー!」と叫んでいる声が聞こえてきた。
そういえば八つ刻だった。
「それじゃ俺は行くから」
幸村の元に馳せ参じる為佐助が屋敷へ向かおうとしたので、思っていた疑問をその背に投げかけた。
「なあ長…一つ聞いてい?」
「手短にね」

「………それ、腐んないの?」

それは全部幸村様用か、一日分か、どこに収納してるのかとか疑問は尽きないが、あれだけの量を持ち運んでいて痛まないのだろうか。
すると佐助は飄々と言いのけた。
「俺は日持ちするものしか持たないからね」
「え、じゃあ団子は」
「団子とか饅頭はその日に食べなきゃ固くなるから、俺が出来たて買ってきてる。今日のは此処に来る前に買ってあるから茶と一緒に出すだけ」
「ふーん…さすが長…」
「旦那待たせちゃ悪いし、じゃーね」
黒い煙と共に音もなく消えた佐助が向かったであろう屋敷の方を見やる。
主のことに関しては佐助の右に出る者はいない。

「幸村様も良い忍隊長をお持ちで…」
はは、と苦笑いをしながら立ち上がると、新人忍の投げたであろう手裏剣が頭をかすめていった。
「誰だこれ投げたの…」
「筧殿ッ申し訳ございませぬぅぅ!」
「またお前かぁぁ!」
せめて指導だけはきっちりしよう、と密かに拳を握りしめた幹部の忍が新人の集団に向かって飛んだ。






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はいっ、てことで突発的に書きたくなって構成も何も考えずに、心のままに打ちました。
全ては昨日のR-1だ…アレで忍者が飛び出したから…、十勇士と新人忍の訓練風景、て感じです。
十勇士は私の中で特にキャラ付してないから誰を出そうかと思って、あまり見ない筧にしてみました。
性格的にボケと見せかけて実はツッコミに回らざるを得ないポジションです。
もーちょっとふざけさせても良かったけど、それは同じようなふざけ仲間の海野にお任せします。
才蔵は言葉数は少ないけど常に冷静で物事に動じない副官です。実は天然なんじゃないか…本人は至って真剣です。
佐助はあのまんま、飄々してるけども幸が絡むと少しズレる。変な方向にいってしまう。本人無自覚なんでタチが悪い。
才蔵は気づいているが大したことじゃないと黙って見てる。放任主義!
佐助がボケの時のみ筧がツッコミに回らないと収拾がつかなくなる。
やばい、設定考えると楽しすぎる(笑)
幸、ほとんど出てませんねー。ケータイの方で弁丸時代のSSなら打ってますんで、これはまたその内。。
タイトルですが、長の気苦労っていうより…筧の気苦労じゃ?と後で思った。まっいっか!
佐助の忍装束は四次元ポケットだと思う。  

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