「…はぐれた…か?」
上田城下。
自室で執務をあらかたこなし、そろそろ一息つくかと首を捻りながら畳に転がった。
穏やかな時間がゆるやかに流れる平和な一時。
敬愛してやまない信玄その人からも、各地に放っている忍からも、戦が起こるという報せはなく、民は勿論のこと城主である幸村も久方ぶりの平和な時間を満喫していた。
筆は書きかけで放り出してあるし、床に置いた巻物も腕で邪魔そうに押しのけたので、もし傍仕えの忍に見られていれば行儀が悪いと窘められていただろう。
『筆はちゃんとしまう!乾いたら最悪だよこれ。片付けられないなら捨てちゃうよー』
お前は俺の母君か。
今まで何度も思ったが口にはしなかった。
そういえば今日は朝からあの顔を見ていない。朝起こしにきたきりふらりと何処かへ行ってしまった。
(声は聞いたが、瞼を開ける前にいなくなっていた)
「……ふむ」
呼べばすぐに現れるだろうが、たまには俺が探しに行っても良いな。
そう思えばすぐに行動したくなる性ゆえ、上体を起こして立ち上がると障子をスパンと開け放つ。
佐助が普段何処にいるのかは分からないが、とりあえず足が向くまま歩いてみた。
「天気が良いな、部屋に籠っていては勿体無い」
すれ違った女中に佐助を見なかったかと聞くと、向こうに居たとの情報を得て廊下を曲がる。
やけにあっさり見つかった目的の忍は廊下に腰かけて忍道具の手入れをしていた。
「佐助?」
声をかけると気配で気付いていただろうに、今気付いたかのようにすっとぼける。
「あっれ旦那どしたの?」
「お前こそどうした?今日は朝から姿を見ておらぬぞ」
「ああ、朝はちょっと急用が入っちゃってさ。それで、今は久しぶりに時間取れたから道具の手入れしとこうかなーって」
佐助は磨いた苦無をくるくると回して戻す。相変わらず見事な扱いだと幸村が感嘆の息を零す。
「でも旦那が来たから今日はもうおしまーい」
「何故だ。俺は見ていたい」
つまらなそうに眉を歪めるが、どこ吹く風と気にしない佐助はさっさと片付けてしまった。
「見てたってつまんないでしょーが。俺も旦那がお仕事してる間だけのつもりだったんだし。それより何か用だった?呼んでくれれば俺が行ったのに」
そう言われて別に目的があったわけではないことに気がついた。
顔を見ておらぬから少し物足りなさを感じた、などとは言えない。
「い、いや、そうだな、天気が良いから、」
「ん?それで」
明らかにしどろもどろな幸村に気づいていながらも、佐助はその様子を見て楽しんでいる。
幸村がここにきた理由なんて分かっている。
それでも確実な言葉は簡単に与えない。…意地が悪いぞ佐助!
振り払うようにぶんぶんと頭を振って、立ち上がる。
「城下に参る!ついて参れ佐助ぇ!」
「ええ?今からぁ?」
せっかくだからごろごろしてたいなーという忍の意見はその辺に放り投げて、佐助の襟を掴んで引きずりながら歩いてきた廊下を戻った。
「ちょっ旦那っ苦しいって、分かったから!」
だから離してー!と上がる非難の声はあえて聞こえないふりをした。先程のお返しだ。
そして舞台は今に至る。
城下はなかなかの賑わいを見せており、人混みをかき分けながら進んだ。
それとなく身分が分かるような格好はせず、あくまで目立たぬようにしてきたのが仇となった。
土産の団子も買ったし、そろそろ城に戻るべきか。
「さて帰るぞ、佐す」
け、の言葉は声にならず、振り向いたところには慣れ親しんだ橙はいなかった。
ただでさえ今日は人が多いので、一度はぐれたらなかなか見つけられない。
昔から佐助には迷ったらそこを動くなと言われてきた。ちょっと待っててくれたら俺がすぐに迎えに行くからとも。
しかし今は往来の中であり、この中にいては余計に見つかりにくいだろう。
そう考えた幸村は道をそれて少しばかり静かな川原に腰かけた。
「…いくら天気が良くとも、団子があっても…お前がおらぬのでは…意味がないではないか」
口を尖らせて膝に顔を埋めてみたが、一向に忍が現れる気配はない。探してくれてるのだろうが、もう少し見つけやすい場所のが良いか。いや、これ以上動くと余計に。
動こうにも動けず、逆に探しに行こうかとも思ったがそれは逆効果だと諦めて、団子の封を解く。
「…美味い」
一串咥えるとほどよい甘味が口に広がる。確かに美味いが、一人では味気ないし二人で食べた方がより美味いに決まっている。
やはりその辺りを回ってみようか。口に残っていた団子を飲み込んで、荷をまとめていると背後から声がした。
「迷子の旦那、みーつけた」
反射的に振り返ると、相変わらず飄々とした笑みをした佐助がいた。
「さ、さすけ」
「もー勝手にどっか行っちゃわないでよ」
「消えたのはお前の方だろうが」
「えー俺様?うっそだ絶対旦那だよ」
見つかったからいいけどねーと苦笑しながら、幸村の頬の餡を指で拭う。
「ああもう口の周りべったべた。もう少し綺麗に食べれないの?あんたってひとは」
反論もできず言葉に詰まっていると、口を手拭いで拭かれて、団子と荷を持っていかれた。
「ほら、帰るよ」
自然に差し出された手。
例えそれがはぐれない為のものであったとしても、佐助からこうして手を伸ばされることが思いがけず嬉しかったものだから、機嫌を損ねたことも吹き飛んでしまう。
「うむ!帰るぞ!」
嬉しくなって手を重ねると、幸村よりは冷たいが確かな温もりが伝わる。
城に戻るまでというのがもったいないが、今はこの時間を十分に満喫しよう。
この手の冷たさが自分の熱と溶け合って丁度いい温かさになる。
穏やかなこんな日がいつまでも続いて欲しいと、乱世にありながら願わずにはいられない。
…真田主従で、手を繋いでみよう。て感じです。
佐幸ではないですねぇ、なぜか真田主従になってしまう。孔明の罠か。
幸は突っ走るので佐助は探し回るのには慣れっこです。
この2人は昔からの慣れで、普通に手繋ぎます。スキンシップ大好きです。
主従だからで遠慮するとかはなくて、どちらかがあっさり手を差し出せば、当然のように手繋ぐわけですよ。
これが自然になっちゃってる。そんな関係が好き。
またまた突発的に打ち込みました…後から直せるとこは直します。
上田城下。
自室で執務をあらかたこなし、そろそろ一息つくかと首を捻りながら畳に転がった。
穏やかな時間がゆるやかに流れる平和な一時。
敬愛してやまない信玄その人からも、各地に放っている忍からも、戦が起こるという報せはなく、民は勿論のこと城主である幸村も久方ぶりの平和な時間を満喫していた。
筆は書きかけで放り出してあるし、床に置いた巻物も腕で邪魔そうに押しのけたので、もし傍仕えの忍に見られていれば行儀が悪いと窘められていただろう。
『筆はちゃんとしまう!乾いたら最悪だよこれ。片付けられないなら捨てちゃうよー』
お前は俺の母君か。
今まで何度も思ったが口にはしなかった。
そういえば今日は朝からあの顔を見ていない。朝起こしにきたきりふらりと何処かへ行ってしまった。
(声は聞いたが、瞼を開ける前にいなくなっていた)
「……ふむ」
呼べばすぐに現れるだろうが、たまには俺が探しに行っても良いな。
そう思えばすぐに行動したくなる性ゆえ、上体を起こして立ち上がると障子をスパンと開け放つ。
佐助が普段何処にいるのかは分からないが、とりあえず足が向くまま歩いてみた。
「天気が良いな、部屋に籠っていては勿体無い」
すれ違った女中に佐助を見なかったかと聞くと、向こうに居たとの情報を得て廊下を曲がる。
やけにあっさり見つかった目的の忍は廊下に腰かけて忍道具の手入れをしていた。
「佐助?」
声をかけると気配で気付いていただろうに、今気付いたかのようにすっとぼける。
「あっれ旦那どしたの?」
「お前こそどうした?今日は朝から姿を見ておらぬぞ」
「ああ、朝はちょっと急用が入っちゃってさ。それで、今は久しぶりに時間取れたから道具の手入れしとこうかなーって」
佐助は磨いた苦無をくるくると回して戻す。相変わらず見事な扱いだと幸村が感嘆の息を零す。
「でも旦那が来たから今日はもうおしまーい」
「何故だ。俺は見ていたい」
つまらなそうに眉を歪めるが、どこ吹く風と気にしない佐助はさっさと片付けてしまった。
「見てたってつまんないでしょーが。俺も旦那がお仕事してる間だけのつもりだったんだし。それより何か用だった?呼んでくれれば俺が行ったのに」
そう言われて別に目的があったわけではないことに気がついた。
顔を見ておらぬから少し物足りなさを感じた、などとは言えない。
「い、いや、そうだな、天気が良いから、」
「ん?それで」
明らかにしどろもどろな幸村に気づいていながらも、佐助はその様子を見て楽しんでいる。
幸村がここにきた理由なんて分かっている。
それでも確実な言葉は簡単に与えない。…意地が悪いぞ佐助!
振り払うようにぶんぶんと頭を振って、立ち上がる。
「城下に参る!ついて参れ佐助ぇ!」
「ええ?今からぁ?」
せっかくだからごろごろしてたいなーという忍の意見はその辺に放り投げて、佐助の襟を掴んで引きずりながら歩いてきた廊下を戻った。
「ちょっ旦那っ苦しいって、分かったから!」
だから離してー!と上がる非難の声はあえて聞こえないふりをした。先程のお返しだ。
そして舞台は今に至る。
城下はなかなかの賑わいを見せており、人混みをかき分けながら進んだ。
それとなく身分が分かるような格好はせず、あくまで目立たぬようにしてきたのが仇となった。
土産の団子も買ったし、そろそろ城に戻るべきか。
「さて帰るぞ、佐す」
け、の言葉は声にならず、振り向いたところには慣れ親しんだ橙はいなかった。
ただでさえ今日は人が多いので、一度はぐれたらなかなか見つけられない。
昔から佐助には迷ったらそこを動くなと言われてきた。ちょっと待っててくれたら俺がすぐに迎えに行くからとも。
しかし今は往来の中であり、この中にいては余計に見つかりにくいだろう。
そう考えた幸村は道をそれて少しばかり静かな川原に腰かけた。
「…いくら天気が良くとも、団子があっても…お前がおらぬのでは…意味がないではないか」
口を尖らせて膝に顔を埋めてみたが、一向に忍が現れる気配はない。探してくれてるのだろうが、もう少し見つけやすい場所のが良いか。いや、これ以上動くと余計に。
動こうにも動けず、逆に探しに行こうかとも思ったがそれは逆効果だと諦めて、団子の封を解く。
「…美味い」
一串咥えるとほどよい甘味が口に広がる。確かに美味いが、一人では味気ないし二人で食べた方がより美味いに決まっている。
やはりその辺りを回ってみようか。口に残っていた団子を飲み込んで、荷をまとめていると背後から声がした。
「迷子の旦那、みーつけた」
反射的に振り返ると、相変わらず飄々とした笑みをした佐助がいた。
「さ、さすけ」
「もー勝手にどっか行っちゃわないでよ」
「消えたのはお前の方だろうが」
「えー俺様?うっそだ絶対旦那だよ」
見つかったからいいけどねーと苦笑しながら、幸村の頬の餡を指で拭う。
「ああもう口の周りべったべた。もう少し綺麗に食べれないの?あんたってひとは」
反論もできず言葉に詰まっていると、口を手拭いで拭かれて、団子と荷を持っていかれた。
「ほら、帰るよ」
自然に差し出された手。
例えそれがはぐれない為のものであったとしても、佐助からこうして手を伸ばされることが思いがけず嬉しかったものだから、機嫌を損ねたことも吹き飛んでしまう。
「うむ!帰るぞ!」
嬉しくなって手を重ねると、幸村よりは冷たいが確かな温もりが伝わる。
城に戻るまでというのがもったいないが、今はこの時間を十分に満喫しよう。
この手の冷たさが自分の熱と溶け合って丁度いい温かさになる。
穏やかなこんな日がいつまでも続いて欲しいと、乱世にありながら願わずにはいられない。
…真田主従で、手を繋いでみよう。て感じです。
佐幸ではないですねぇ、なぜか真田主従になってしまう。孔明の罠か。
幸は突っ走るので佐助は探し回るのには慣れっこです。
この2人は昔からの慣れで、普通に手繋ぎます。スキンシップ大好きです。
主従だからで遠慮するとかはなくて、どちらかがあっさり手を差し出せば、当然のように手繋ぐわけですよ。
これが自然になっちゃってる。そんな関係が好き。
またまた突発的に打ち込みました…後から直せるとこは直します。
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