”雪の朝”

2009年3月3日 BASARA SS
その日、上田は珍しく雪が積もった。

「佐助!雪だ!雪が積もっておる!」
朝から無駄に元気な主が障子を開けるとそこに広がるは一面の銀世界だった。
池や連なる木々も空も屋敷も全てが雪の白に覆われていた。
「さむっ旦那閉めて…寒い…」
佐助は瞳は覚めたものの未だ布団から出ようとはせず、もぞもぞと頭から布団を被る。
「これしきの寒さで弱音を吐くでない。日々の鍛錬が足らぬぞ!」
興奮冷めやらぬ幸村は嬉しそうに次から次へ降ってくる雪を見つめた。
まるで散歩に出るのを待ちきれない従順な犬のようだ。
もし犬のように尻尾があったならぱたぱたと揺れていただろうに。
「鍛えても寒いもんは寒いんです」
布団の中からくぐもった声で佐助が返すと、障子が閉ざされる気配がした。
ようやく自分の寒さを分かってくれたかと安堵したのも一時。
次にずしりと重いものが腹の上に乗ってきたのだからたまったもんじゃない。
「ぐえっ、俺様潰れる…」
「外に出るぞ佐助。早く起きぬか」
「勘弁してよ…雪積もってんじゃん…」
「雪だから外に出るのだ。雪だるまを作らねばならぬ!」
「俺様さむいの苦手なんだってば。ってかあんたいくつよ…」

行くぞ、いやだと押し問答を繰り返す内にも降り続く雪に、落ち着かない幸村はつまらぬ奴めと呟いて佐助の上から降りた。
やっと諦めてくれたかと布団から顔を出すと、再び障子は開け放たれていてまさに縁側から庭先へ幸村が足を下ろしたところだった。
「ちょっちょっとあんた何やってんの」
「知れたことよ。薄情な忍はそこで惰眠を貪っておれば良い」
付き合いの悪い佐助に機嫌を損ねてしまったが、雪の誘惑には勝てず、起きたままの寝着で外に出ようとしている。
この寒いのに何考えてんだこの人は。
「そんな薄着で外に出たら風邪引くでしょーが!」
こうなれば仕方ない。布団のぬくもりは恋しいが、主をそんな姿で外に出させるわけにはいかない。
布団に別れを告げて、羽織を持って幸村の肩に掛ける。
縁側は当然の如くひやりと冷えて足先から凍りそうだ。雪景色は綺麗だとは思うが、朝から外に出ようとは思わない。

「うへぇ~冷た…あんたよく平気だね」
「風情を楽しまねば勿体無いであろうが」
「はいはい。満足したら中入ってよ。とりあえず着替えて、朝餉済ませて」
「ならぬぞ、雪だるまを作ると言っておろうが」
「こんな中で駈けずり回ってたらあんたの方が雪だるまになるっての。俺様、雪の中から主を発掘するの嫌だからね」
「雪だるまになどなるか。見ておれ佐助!」
佐助の制止も聞かず、好奇心旺盛な主は下駄を履いて庭へと飛び出して行ってしまった。
「あっコラ旦那ァ!寒いって!風邪引くから!」
「そんな柔な鍛え方はしておらぬ故、心配致すな!小助、海野!」
屋根の方を見上げて仕える忍の名を呼ぶと、雪に紛れて気配すら感じさせず、幸村の前に影が降り立った。
「お召しで?幸村様」
「幸様、雪ですよ雪!」
「うむ!早速だが、雪だるまを作る故、手を貸してくれぬか」
「「御意!」」
とにかく何事も楽しむ心根の海野六郎と、単純に雪が積もっていることが嬉しい穴山小助は、嬉々として幸村に従う。
こうなれば幸村は何を言おうと耳に入らない。
まあ旦那のことだ。少しの間なら大丈夫だろう。風邪を引かない程度ならいいかと諦めた。
しかし満面の笑顔で忍を連れて雪玉を転がす幸村を見ているのも微笑ましいというか、可愛らしいというか。
結局は自分は幸村には甘いのだ。
そんなことは分かっているが、あれが戦場では紅蓮の鬼と呼ばれている真田幸村と同一人物であると誰が思うであろうか。
いや、知られる必要などない。

「(俺が知っていればいい)」

吹き抜ける寒風など知らぬ顔で雪玉を転がし続ける主を見ながら、小さく沸いた独占欲を白い息と共に空気に溶かす。
そもそも自分が厚かましくも身分不相応に主と閨を共にしたのは、ただ単純に幸村が布団に入って寒いと文句を言ったからだ。
子守唄を唄いながら寝かしつけた昔と違い、主への忠誠以外の思いが生まれてからは、甘えたがりの主が求めない限りは共に寝ることなどしなくなった。
しかし冬になり朝晩の冷え込みが厳しくなってくると、幸村は佐助を布団に引きずり込む。
それも頻繁になり、昨日だけではなく任務がない夜などは大抵佐助を傍に置いて離さない。

だがよくある我侭の一つだと括ることは出来ない。
元々体温が低い佐助は冬が苦手である。それを知っている幸村は自分が寒いという理由をつけて寒がりの佐助を引っ張り込む。
幸村は炎を宿す異能の持ち主の為か、冬だろうがいつでも体温が高い。
寒くて眠れないということはないはずだ。寝付きは良いので布団に入ればあっという間に眠ってしまう。
その熱を持って自分を温めてくれようとしている幸村の心遣いは有り難いが、自分より体温の低い者にくっついても温かくも何ともないだろうに。
むしろその所為で幸村が風邪を召しでもしたら本末転倒もいい所だ。
いくら丁重に辞退しても、しゅんとうなだれて袖を掴まれてしまえば終わりだ。
あんな表情をされてさっさと消えることなど出来やしなかった。所詮、惚れた弱みというやつだ。
人としての優しさや慈しみは幸村の長所の一つだが、忍相手にすることじゃないよと言えば、
(「忍だの武士だの関係ない。佐助は佐助だ!好いた相手と共に居たいというのは当たり前のことだろうが!」)
と怒鳴られた。わぉ男前、と感嘆したのは内緒だ。

「佐助、お前も此処へ来ぬか」
はっと現実に引き戻されて、考え込んでいたことにそこで気づく。忍失格だと溜息をついて幸村を見やる。
案の定手も足も真っ赤で、寒いを通り越して麻痺してんじゃないかと思う。見ているだけで寒い。後で湯を用意しなければ。
「俺様は遠慮しますよー、これから布団片して朝餉の準備しなきゃいけないし。3人で仲良く遊んでて下さいねー」
まるで子どもに言い聞かせるような言い方だと自分でも思ったが、元服したにも関わらず、雪と戯れる様はどうみても大人には見えない。
「む」
「いいじゃないですか幸様、長もお忙しそうですし」
「俺達じゃ役不足ですか~?」
「そのようなことはないぞ!佐助がそこで突っ立っておるから」
「変わり者の主を持つと苦労するんですよー、考えることが多くてねー。さーて片付けに着替えに朝餉の支度っと」
背中に叫ぶ主の声を受けながらさっさと部屋に戻って、乱れた布団を片付ける。
ふと思いついて障子からひょいと顔を覗かせる。
「旦那ぁ」
「なんだ」
幸村はいつもころころと表情を変える。今はへそを曲げて拗ねているが、機嫌の取り方なら重々承知している。
「折角だから、かまくらも作ってくんない?体冷えたでしょ。あったまるもの作ってもらうからその中で食べなよ」
「なんと!雪の中で朝餉が食えるのか?」
「今日だけ特別ね。その後なら俺も付き合うからさ、それで許してよ旦那」
「相分かった。ならば俺はそこらの雪をかき集めて、この屋敷に勝るとも劣らぬかまくらを作り上げようぞ!」
「そこまで頑張らなくていいよ!」

佐助がひとしきりの支度を終えて、朝餉の膳を持って廊下を歩く。
幸村が喜ぶならといそいそと汁粉も用意してしまうところが佐助の佐助たる所以だ。
しかし庭先にあったのは、例えるなら四国の鬼の操る重騎のようにバカでかいかまくらだった。
限度ってもんを考えなさいよ、と朝から佐助の小言が始まったが、その入口に3人作のお館様雪だるまと、小助・海野作の幸村雪だるま、そして幸村作の佐助雪だるまがちょこんと並んでいるのを見て、何も言えなくなってしまったという。



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今日は朝から雪が降っておりましたね!
ということで、「真田主従で雪の朝」です。はしゃぐ主と寒がり忍。with真田忍。
冬になったら一緒に寝てるといいと思うよ。
毎回引きずりこまれるけど決して嫌じゃないし嬉しいんだけど、色々と葛藤があるんですよ。特に好きな相手だと余計に。
アレ?これは佐幸なのか主従なのか。デキてるのかデキてないんだか。自分でも分かりませぬ。
十勇士も、出せば話が進みやすいという…!孔明め!手の込んだことを!
今回は小助と海六でした!
イメージ的には小助は影を務めるだけあり、幸似で背はちびこい感じ。影になる時は術で化けるから身長は関係ないです。無邪気。幸様呼び。
でも仕事はシビア。多分筧の次に長がすき!てか真田忍はみんな長が好きだと思うよ。幸村は当然としてね。
逆に海野は大柄で背が高いイメージがあります。筧とはふざけ仲間。結構古株なんで言いたいこと何でも言っちゃう。小助と並ぶと大と小って感じ。肩車とかしてそう!
あー…全員出したら収拾つかないな…。でも書いてる分には楽しかったぜ!
朝餉の後はおそらく雪合戦に発展すると思います。幸村の雪玉は馬鹿力でガチガチに固めてあるんでうっかり当たるとヤバイです。
屋敷にいた真田忍は駆り出されて全員参加。忍なのに忍ばずに雪玉投げまくります!
暇だな真田隊!(笑)

これ幸村じゃなくて弁丸でも可愛かったかも。

「さすけさすけ!ゆきがふっておる!」
「…そうだねぇ」
「みにゆくぞ!おきろさすけ!」
「えーもうちょっと寝てなよ若…朝餉食べてからにしなって」
「いやだ!いますぐゆくのだ!」


乗っかられて布団の上からぺちぺち叩かれるんですよ。か、かわいい…(笑)

今度はも―――少し佐幸よりに書きたい、です。
まだまだ書きたいネタがあるんですよー。今以上にお館様馬鹿な幸とか。酔っ払い主従とか。真田忍からみた主従とか。雪の朝、別verとか(布団の中で何をするでもなく、2人ゴロゴロしてるとか。寝顔観察もアリですね。てかこれは主従じゃなくて佐幸ですね)
ネタが溜まれば形にします!

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