冬も終わりの頃、寒さと温かさを繰り返しながら春の訪れを待つ。
もうじき寒さとも別れかと思われたが、突如として冷え込んだある日のこと。


「さぶい」

冷たい風が吹きすさぶ中、かたかたと震えながら庭先から戻ってきた幸村を、佐助は呆れながら出迎える。
「当たり前でしょ、鍛練だとか言って寒中水泳なんかするからそうなるの」
はぁーと大げさな溜息をついて幸村の頭に手拭いを投げつける。
「ぶっ!じ、じきに春がやってくれば、この鍛錬は出来なくなるだろう…っ」
「出来なくていいよそんなの。あーあ、虎の若子が鼻垂らしちゃって…はいちーん。髪も拭かなきゃダメでしょー」
わしゃわしゃとぞんざいに髪を拭いてやればその間から幸村の瞳がじっと佐助を見上げた。
「何よ」
「……お前は暖かそうだな」
頬を膨らませた幸村が羨ましそうにぽつりと呟いた。思えばこの時の悪戯めいた企みに気付いておけば良かったと思う。
「は?」
「入れろ」
突如として体を寄せてきたと思えば、いきなり襟元にずぼりと頭を突っ込んできた。
ちょっと待て!と止める暇もなくがっちりと腰に腕を回されて、幸村は具合がいいようにもぞもぞと動く。

「ちょっせまっどこ入ってんのあんた!無理!」
「ほら見ろ暖かいではないか」
「変わらないっての!出てよ!」
「狭いな、もう少し広がらぬものか」

元々2人して首突っ込むように出来ているわけではないので狭いのは当然だが、幸村が強引に襟に手をかけて広げようとしているので慌てて手を掴む。

「俺様の一張羅に何すんのだんなーっ」
「狭いのだ。俺には一張羅も何も同じに見えるが」
「いや微妙に違、って、やーめーろーよー伸ーびーるーっ」
「いーやーだーっ」

何とかどかそうとしてもしっかりと腕を回されていてはどうにもならない。
そうこうしている内に、どうやら居心地の良い場所を見つけたようで胸元に頭を擦り寄せられる。
ちょっとなにこれ!?やめてよ近すぎだろ。
ってかなにこの状況。ありえないでしょ。寒いなら部屋入って布団被ってなさいよ。
はぁ、と溜息をついて幸村を見て、せめてもの妥協案を口にした。これじゃ仕事にならないっての…。


空は晴天。風は冷たいものの日差しは降り注いでいるので、旦那が川に飛び込んでびしょ濡れにしてくれた服も乾きそうだ。
端と端を掴んでぴんと伸ばして竿にかけていく。あ、ここ穴開いてる。後で繕っとかなきゃ。

「何してんの長ー」
庭先に降り立った筧が見たものは、同じ上着の襟から頭を出している幸村と佐助。
「旦那が出てくんないから背負って洗濯物干してんの」
「親子じゃん。…幸村様、あったかいですか?」
ひょいと幸村を見ると満面の笑みで佐助の背に顔を埋めている。
「うむ!それに、佐助に背負われるなど懐かしくてな。こんなにも心地良いものだということを忘れておった」
肩に回された腕に力が入ったのでちらりと幸村を振り返ると、本当に幸せそうに笑うもんだから。
「……そんなに俺様に背負われんの気持ちいいの?」
「佐助の匂いがするから…落ち着くのだ…」
「…おんぶくらいいつでもしてやるって。旦那、やっぱおっきくなったよねぇ」
「…おれは…もう弁丸ではな…」
「…………だんな?」
肩にこつんと頭が乗っかり言葉が途中で途切れた。どうやら寝てしまったようで規則的な寝息が首にかかってこそばゆい。
微笑ましいそれに筧が声を殺して笑う。
「寝ちゃったなぁ幸村様。安心しきったお顔だ。妬けるわー」
「…………」
手に持ったままの洗濯物を籠に戻す。
幸村が起きていたならしがみついていたが、寝てしまったのならいつ腕が緩んでずり落ちるとも限らない。
幸村を落っことすわけにはいかないので、足を抱え込んで一度持ち上げて位置を直す。
「よっ、と。なんでこんなとこで寝るかねぇこの人は…」
「嬉しーくせに。素直じゃないね長、嫌なら俺が部屋にお連れするけど」
「馬鹿。降ろしたら旦那起きちゃうだろ。…こんなことでこの人が喜ぶなら安いもんだし」
あんなこと言われたら、離せなくなるだろ。
ぐ、と足に力を込め、ひらりと屋根へと舞い上がる。
「筧、お前代わりにコレ干しといて。ちゃんと皺伸ばして干せよ」
「えーっ俺に押しつけんのっ?」
「コレも立派なお仕事。んじゃ、頑張ってねー」
姿を消した佐助を見送れば残されたのは洗濯籠。
幸村と佐助が2人でいる時はちょっかい出すもんじゃない、と学習した筧は慣れない洗濯干しと奮闘したらしい。
佐助はその後のんびりと屋根の上を幸村を起こさないよう散歩していたそうだ。
横顔にはいつになく穏やかな表情を浮かべ、時折崩れそうな幸村を背負い直して、背中の主が目覚める時まで一歩一歩ゆっくりと。
夕陽に染まる屋敷の屋根に伸びた影が、緩やかに流れるこの時を惜しむように、2人の後を追いかけていた。



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おんぶ主従が書きたかったんです。
でも普通に背負ってんじゃつまらないかなと思って、佐助の上着、ポンチョに頭突っ込む幸に。
そのまま佐助の背中にくっついて佐助は普通に洗濯干してる絵が浮かんで、コレだ!と。
コアラだ。コアラ主従だ。
寝ちゃったら降ろせばいいのに、佐助だったらそのままおんぶし続けそうだなーと思う。
何だかんだ言って甘やかしたいんです。
ほんとはこれ10行くらいで終わるつもりでした。短文を書こう!と思っていたんですが、いつのまにこんなに長く。誰の仕業だ。
「やーめーろーよー」「いーやーだー」・・・これです。
この会話をしてほしくて後上着に入ろうとする幸と防衛する佐助を書いてさらっと終わろうと・・・したら、書いてる内に筧も出るわで何てことだ。どんだけ十勇士が好きなんだ。
あと望月をいつか出したいなーとか考えてます。。望月は姉御的イメージ。十勇士の中で唯一のくのいち。紅一点!その内ね。
最後は静かで穏やかな雰囲気を大事にしたくて、あんな感じで終わりにしました。

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