ぴんと伸ばした紙の上に筆が丁寧に滑る。
遠く離れた地に住まう兄への久方ぶりの便りとあっては自然と気が入り、自分や周りの者の近況や兄の様子を気遣う書をしたためていた。
流暢とは言えずとも丁寧に、時に本人の気性を表すが如く力強く書かれたそれは、いずれ忍により兄の手に届けられれば執務に追われる心を解きほぐしてくれる。
幸村自身に自分の書に対してそのような心づもりがなくとも、共に過ごした懐かしき頃を知る兄にとれば何よりの便りだった。
最後に名を書き記して筆を置けば、肩からふっと力が抜けた。
墨が乾いて畳めるようになれば手のあいた忍に届けてもらおうと辺りを何気なく見渡した。

遠くから家の者の足音が聞こえる以外は取り留めて平穏で、特に主の私室辺りは騒がしくするものもないので緩やかな時間が流れている。
自らの配下だといえ、実の所、真田忍の各々の任務予定までは幸村は把握していない。
それは忍を取り仕切る長である佐助に全て任せてあり、佐助の指示の元それぞれが任務を果たすべく各地に飛ぶ。
平たく言えば今この時も忍の誰が屋敷にいるのかも幸村は知らない。
だがそれは、真田幸村が猿飛佐助に全幅の信頼を置いている証拠に他ならない。
昔、当時城主となったばかりで慌ただしく執務に追われる幸村の負担を、少しでも軽くしてやりたいという佐助の気持ちに端を発する。
そして佐助自身も、幸村が真田の跡を継いだと同じくして忍隊の長に任命され、両者共に目まぐるしい日々を送っていた。
若くして長に任じられた佐助はまず幸村第一を考えて隊の編成を組み直し、「真田」と任務に支障が出ないように調整しつつ、状況に応じて部下を各地に向かわせる―――その一つ一つを事細かに幸村に報告する余裕もなかった上、幸村も家を纏めるのに精一杯であった―――

「佐助」、といつものように名を呼ぼうとしたが、当時から優秀すぎる忍は朝から留守にしていた。
朝餉の途中に忍装束で現れた佐助は「ちょいと留守にしますんでー」とあっさりと告げた。
任務かどうかは聞いていないが、長期任務であればこの顔を見るのは当分ないのかと思えば途端に名残惜しくなる。
表情に出ていたのだろう、分かりやすく元気をなくした幸村に手が伸ばされて、口元をぐいと擦られた。
「ご飯粒。…そんな寂しそうな顔しないで、旦那が寝てる間には戻ってくるから」
ね?と柔らかく笑いかけられれば現金なもので、そうか、ならば早くゆけ、と送り出せるのだから自分の単純さをつくづく感じる。
急に態度を翻した幸村に、あれ、と肩透かしを食らった佐助は少々面白くなさそうに目の前にしゃがみこんだ。
「なんだ、早く行ってこぬか」
「…早く帰るって言えばこうなんだからなぁ。今度からその日帰りでも長期だって言っちゃおうか」
「そのような嘘をついてみろ、当分閨に入れぬぞ」
「げっ冗談!はいはい、さっさと帰ってきますよ」
慌てて黒い煙と共にたちどころに姿を消した佐助を見ながら、佐助がおらぬなら今日は団子を多く食えるかもしれないとささやかな期待を抱いてみたりもした。

いつものように鍛錬に勤しんでいると、普段なら佐助がそろそろ一休みしたら、と茶の用意をしてくれる。
そういえば以前、佐助が不在の折りに忍隊の皆がそれぞれ甘味を持ってきてくれたことがあった。
珍しいこともあるものだと有り難く全部食したが、あの後戻った佐助がまず俺に雷を落とし、そして怒りの矛先は皆に向いたという。
あの時の佐助はほんに恐ろしかった。皆にはすまぬことをしたと今でも申し訳なく思う。

「お茶をお持ち致しました御主人様☆なーんつって」
「海野、なんだそれは」

その声に振り返れば、縁側に盆に乗せた茶を持った海野がいつのまにか立っていた。
いぶかしむ幸村を気に留めず、ちゃっちゃと盆から湯呑を降ろして茶を注ぐ。
「俺の思いつくことに意味なんてないっすよ。深く考えないで、茶でも飲んで下さい」
あの長にしてこの部下ありを地で行く忍、海野はやることなすこと規格外で、時には佐助をも振り回す。
佐助や才蔵よりも古株なこともあり、言いたいことは何でも口にする。この忍に遠慮というものが存在するのかも分からない。
あっけらかんとした物言いと、物事に対して常に楽しもうとする考え方は忍らしからぬ奴だと思うが、忍に縛られず好きに生きろと言っているのは自分であるので正させる気もない。
「海野…団子が少ないように見えるのだが」
「アハハ気付いた?すんません、佐助から今日の分はこれだけって渡されてるから、それ以上はダメです」
「普段は5本だぞ、どう見ても3本しかないではないか…、佐助め何のつもりだ」
「前回のが影響してんですかねぇ。まあそうカッカしなさんな。大人しく食べちゃって下さい」
明らかに減らされた団子を睨みながら今は上田にいない橙の忍を恨んだ。
だが、いないということは、上手くすれば気付かれることはないということ。
直感でそう思い立った幸村は後ろに控える海野を勢いよく振り返った。
「…海野!」
「ダーメですよ、ダメ!普段ならコッソリ団子買いに行ってあげてもいいんですけど、今日は佐助が怒るし。ダメですダメダメ」
「今はおらぬではないか。そう駄目駄目と言わずとも良かろう」
「そうっすけど、幸村様も怒った佐助の怖さは身に染みてますよね。俺、怒られんのヤだもん」
「う……」
「それとも幸村様は俺が怖い怖い佐助に怒られてでも団子を召し上がりたいと」
「そのようなことは、ないが…、…相、承知。我慢する…」
「どーもー」
佐助がおらぬ内にとたまの贅沢すらもお見通しだったとは。かと言って減らすことはないだろうに。
一体どういうつもりなのか帰ってきたら問い詰めねば、と思いながら団子を齧る。
しかし何とか海野を言いくるめて使いに出したとしても、それが露見した時の佐助がどれほど怒りを覚える事か。
…その有様が容易に想像できてぶるりと体が震えた。
それでも普段よりも少ないそれに気分は当然下落し、あっという間に食べ終えた皿を意味ありげに見つめる。
控える海野がその視線に気付かないわけもないが、元凶になっているそれをさっさと片付けてしまおうと空になった皿に手を伸ばした。
「……幸村様、おかわりなんてないっすよ」
「分かっている」
「じゃあ腕を放してくれませんかね」
「…海野」
怒っているわけではなく、機嫌が少々よろしくないだけなのだが、普段からそこまで幸村の機嫌の浮き沈みに面するわけでもない海野が、眉を潜めて何事かと身構えてしまうのは仕方ないと言える。
対して幸村は皿を片付ける海野の腕を掴んだまま、ゆっくりと目だけ動かして見上げた。
時と場合によれば佐助に有効なこの手段も、使い方を違えれば恐ろしい武器に変わる。
顔の上部に影を連れたまま、見上げる目には明らかに部下への思いやりなど欠片も混じっていない不機嫌な色が浮かび、心なしか眉間に皺を刻んだ我らが主。
ごめん佐助。俺 今、超怖い。
叶うならこの腕を解いて退散してしまいたい。嗚呼、なんで俺今日幸村様係なんだろう。
「…はい」
「これを」
そう言って幸村が懐から取り出したのは丁寧に畳まれた文だった。海野の手に半ば強引に押しつける。
「兄上に届けてくれ」
単に仕事を命じられただけならば別に身構える必要もなく人知れず安堵したが、知ってか知らずか幸村は更に追い討ちをかけた。
「ついでに京に立ち寄り、京菓子を買ってきてくれ。なに、ついでだ。帰りはゆるりと戻るが良い」
「…京?…ってわざわざその為に…?方向違うような気がするんですけど」
「ついでだと言っただろう。日が落ちる前に行ってこい」
「…佐助の苦労が分かるわー…」
がっくりと項垂れた海野はそれからすぐに溜息をつきながら腰を上げた。
「じゃあ行ってくるんで、俺の代わりに他の奴つけときます」
「分かった、気を付けていけ」
「御意」

そうして海野が去った後は一人部屋で読書に耽った。
今思えばあれは俺の我儘で八つ当たりで、拙いことをしたなという自覚はある。
だがそれも全ては佐助が俺の団子を減らすからいかんのだ、と開き直って何処かの空の下にいるであろう忍の所為にして考えるのをやめた。


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見通し?いやぁ曖昧。長くなりそうなんで、次に繋げようと思います。
そんな大それた話でもないんで、2話完結くらいで~。
留守の佐助に不機嫌な幸村、八当たりされる海野六郎。
食い物の恨みは恐ろしいんです。十勇士好きですすみません。
第3者目線ってBASARAの登場人物よりも自由にできる分、十勇士が出張るのがウチの特徴っぽい。
海六はもっとふざけさせようと思ったんですが…諌めるのはなんだかんだで貧乏くじ引く筧の役目だったはずなのに。
んー今回だけ今回だけ。
一応設定書くと海六は、本文にも出てきてますが佐助より才蔵よりも古株。
でも忍は年功序列じゃないんで長にはならない。というか、めんどくさがりなのでなりたくない。
周りに誰かがいると任せて奔放に自由に振舞えるものの、幸と一対一だと弱い。あの性格だから世渡りは上手いけれど、主には勝てる気がしない。
そういう奴です、海野六郎。

続き…はー、、、そのうち。

アニバサ公式ストーリー覗いてきたら、…さ、佐助が!佐助がァァァ!いや、違う主従が!
あ、すみませんネタバレではないですよ(笑)
てかネタバレもなにも…まだ放送されとりませんのでご安心を。
絶望と悲痛な面持ちの幸村を支える佐助、の図ですよね!?アレ、そうですよね!?
「アンタはここで折れちゃいけない」とでも言ってそうです。
幸を支えて奮い立たせるのって佐助ですか!?ええええかすがのフォロー終えてすぐ旦那の元へ戻ったの!?旦那の一大事だからか!
ライバルの独眼竜じゃなくていいの?真田主従でいいの?もうどんだけサービスしてくれるんですか。
いやまだ決まってないけど、そうなら凄く期待したい。
幸村の織田への闘争心を蘇らせるのは政宗で、「甲斐」でも「武田」でもなく、真田幸村という人間の心を支えられるのは佐助しかいない。
ほんとにそういう展開ならどうしよう。どうしたらいいの!?SSでも書きましょうか!?楽しみだなーv

佐幸見てるとたまに幸佐に遭遇したりするんですが、大抵旦那が男前すぎてかっこよすぎる。
可愛い幸も格好良い幸も好きです。
でも私はそれ以上に格好良い佐助が好きなんで、やっぱり佐幸派です。

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