偵察任務を終えて上田へと帰還する道すがら、陽もあまり差し込まない薄暗い森の道なき道を駆けていると、視界の端に微かに金色が映り込んだ。姿そのものは捉えられなくとも気配を辿れば分かるその正体に、何となく声を掛けたくなって踏みしめた枝を逆に蹴って身を翻した。
常人ならば追いつけない忍の足についていけるのは同業者くらいだ。
少し目を離そうものなら捉えきれないほど遠くまで駆ける忍は、速さには少しばかり自信がある。
だが逆を言えば同業者の追跡は並大抵では振り切れないということ。
自らの主に敵する者であるなら仕留めなければならないが、必ずしも敵とは呼べず、かと言って同盟を結んだ味方でもない追っ手に気付き、前を走る忍は苦虫を噛みしめたような顔を浮かべる。
枝から枝へ華麗に飛び移りながら距離を稼ごうとしても、一定の距離を保ちつつ、決して見失わない速さで後を追われるといい加減嫌気が差したのだろう。
足を止め、一つの枝に重心を置いて腕を組んで忌々しげに睨み付けてくる冷視線も慣れれば何てことはない。

「何の用だ、…猿飛佐助」

口を開くのも嫌だと言いたげな吐き捨てた言い方であろうとも、話を聞く気になってくれたならそれでいい。
向かいの枝に飛び移ると、いつものようにへらりと笑みを浮かべ挨拶代わりに右手を上げる。

「元気そうじゃん、かーすが」
「…何の用だと聞いている」

問いに対する返答ではないことに、眉間の皺が一層深く刻まれた。綺麗な顔してるのに勿体無いこって。
相変わらず嫌われてんなぁ俺、と苦笑するしかない。

「いやぁ用があるってわけじゃないんだけど、お前見つけたから世間話の一つでも―――って苦無しまえって!」
「うるさい!わざわざお前如きの為に割いた私の時間を返せ!」
「そんな冷たいこと言うなよ、大体用がなけりゃ呼び止めちゃダメって?」
「私に構うなとずっと言ってきただろう!」

次から次に繰り出される無数の苦無を最低限の動作だけでかわし、その間に一気に距離を詰めれば喉元目がけて鋭利な切っ先が振り下ろされる。相変わらず容赦がないとは思うが、忍になりきれない年若いくのいちは、自分を嫌っていても殺すつもりがないことは瞳を見れば分かる。
忍が感情を出してどうするよ、と忠告すれば更に怒りを増幅させてしまうのは予想の範疇なので思うだけで口には出さない。
散々投げつけられた苦無の内の一本を拾って、振り下ろされるそれを防ぐ。
静かな森だったはずが、似つかわしくない金属の音が響く。

「くっ…」
「物騒な女だねぇ。別に上杉探りにきたわけじゃないんだし、もうちょっと穏便にさ」
口調は軽いままだが、刃を合わせた状態の二つの苦無は均衡を保ったまま動かない。
睨みつけたままのかすがの表情に微かな揺らぎが認められる。
かすがも込められる力は込めているはずなのに、目の前の橙の忍からは余裕の色が消えることはない。
忍としての力量以前に物理的な力の差を嫌でも感じたのか、悔しそうに苦無を滑らせて打ち払った。
「…言っておくが、お前が謙信様の地を探ろうと言うのなら、あのお方に害を及ぼすなら、お前もあの暑苦しい主も私が殺すぞ」

それは何も憎さばかりで言った言葉ではなく、悔しさと苛立ちがさせたものだろう。
主の命令なく勝手に動くことがどれだけ忍の道に反した振る舞いであるかは分かっているはずだ。
今この場で何がという真実味を帯びたものではなかったとしても、
自分の主が易々とやられるはずがないと知っていても、頭では分かっていながらも佐助に一瞬の動揺が生まれた。
 
 あのひとが、赤に染まるのは、―――

飄々とした表情が突然消え、急に真剣さを帯びた佐助に不穏な気配を感じ取ったのか、かすがは思わず枝を蹴り距離を取った。

「あー……」

息を吐き出しながら顔を片手で覆う。そのまま髪をかきまぜて、普段より低音の声を飛ばす。

「…誰が、誰を、殺すって?なぁかすが、――――」
「な…」

ゆっくりと顔をあげた佐助にもはや普段のふざけた様子は見られない。
隠すことのない確かな敵意を目に浮かべ、冷めきったそれからは情の欠片も感じられない。
かすがが謙信を思うのと同様に、主に牙を向けるならば容赦をしないのはどちらも同じだった。
かすがの言葉が本気でなくても、そうなってしまう先を例え一瞬でも想像してしまっただけに、抑え込んだ忍としての冷徹な面が顔を出した。

「俺も構いすぎたかもしれないけどさ、言葉には気をつけろ。後で言葉のあやだと弁明してもそれで済まない事もある」
「…確かに、拙い発言だったことはすまないと思う、が」

俯いてぐっと手に力を込めた。感情に動かされない猿飛佐助があの発言だけで逆上したとは思えないが、気に障ったということは分かった。
目の前の忍を動かす原動力とも言える主を、失うかもしれない未来を、思わせたことに。
決して触れてはいけない部分に、頭に血が昇ったからとはいえ安易に言葉にしてしまった自らの拙さを悔やんだ。
逆に考えれば自分も謙信を嘘でも殺すなどと言われれば、佐助以上に怒り狂うことは見て取れる。
少しでもその可能性があるのならその場で息の根を止める行動に出るかもしれない。
だが、罪悪感を覚えて俯いたままのかすがの耳には、あっけらかんとした忍の声が聞こえた。


「ってことで、俺様もう行くわー。旦那へのお土産持ってたんだよね、固くならない内に食べてもらいたいし」
「……は?」

今の今まで張りつめていた雰囲気はどこへやら、一転したそれについていけないかすがは不審そうに眉を吊り上げた。
しかしその言葉通りさっさと姿を消しそうな佐助に、立場が逆転したかのように今度はかすがが呼び止める。
「おい待て!何だそれは!」
「何が?」
「お前さっきまで人を目で殺しそうな顔をしていたくせに、何だその態度の変わりようは」
「あぁ俺のことはどうだっていいんだけど、旦那のことを言われた時は流石に血が沸騰しそうだった。でも覚悟はあっても実行する気はないこと分かってたし、俺様がついてるからかすがに旦那がやられることはないしなーと思って」
「ふざけるな」
「そのふざけてない俺にびびってたじゃん」
「う、うるさいうるさい!お前など何処へなりと消えてしまえ!」
図星だったのか不機嫌そうに怒りを露わにして、持ったままの苦無を佐助に投げつけた。
別の枝に飛び移ってかわし、足だけで天地逆にぶらさがってかすがを見降ろして、曖昧に笑う。
「かすが、お前さあ…もう少し落ち着け。忍がそんなじゃ大事な謙信様に心配されちまうぜ」
「お前に言われなくても分かっている!」
「ほらほらそういうとこ。…お前見てると危なっかしくてさぁ、妹みたいで保護心が湧くんだよなぁ」
「誰が妹だ!」

ほら、そうやって感情に任せて突っ走る所とか、…あのひとに、似てるんだよ。
時折旦那とかすがが重なって見えるのは目の錯覚だとしても、危なっかしくて放っておけないところも、似てる。
ころりと態度を翻したのも、血に染まる旦那が頭に浮かんだ時に、目の前のかすががうなだれたから。
旦那のように素直じゃなくても、覇気をなくして俯く姿が記憶の中のあのひとと重なって、思わず緊張感が吹き飛んだ。
それと同時に無性に会いたくなって、お土産の甘味を口実に帰りたくなったのは事実。
かすがのことは、俺が見ていなくても軍神がいるから大丈夫だ。
ただ、命を投げ打って主に尽くそうとするそれは黙ってみているわけにはいかないから、憎まれてでも何度だって止めるだろう。
きっと軍神もかすがの死を望まない。
主を思うなら、何があっても生き抜いて、いつも手の届くところで、守ってやりたいんだ。

「何、阿呆面をしている、変な奴だな」
「ひっでぇかすが!こんな男前の兄貴つかまえてー」
「お前のような兄などいるか!」


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佐幸(真田主従)前提の佐助とかすが。
あ、一つだけいいですか。佐かすじゃないです。 表記するなら佐+かす。
ていうか佐かすは無理です。コンビはいいけどCPは無理。佐助には幸じゃなきゃ…私はダメです。
検索で飛んでくる中には「佐かす」が結構あるんですよねー…ウチにはないのになぁ。
でもまぁ…確かに佐助とかすがの話は書いたことないよなぁと思って、書いてみました。
佐助にとってかすがは妹です。恋愛はないです。てか私は佐かす書きませんもん(笑)
突っ走るとことか旦那に似てるよなぁってことで、保護心からの世話焼き佐助。
旦那見てると抱きしめたくなるのと一緒で、かすが見てるとちょっかい出したくなる心理でしょうかね。
それでうっとうしがられる兄貴的な感じ。
かすがは未来永劫謙信一筋な印象が強いので、余所見なんてしなさそうですし。
いや、アレだな、忍って主大好きだよなぁ…主愛されまくりですな。
ってことで、また!
あ、BASARAのSSコンテンツ分けましたんで。てゆか何作書いたか数えるのが手間…いえいえ。

コメント

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さわ
2009年7月20日18:41

はじめまして。さわ と申します。私も佐助とかすがは、兄妹のような、そんな感じの間柄だと思ってます。佐助×幸村じゃなきゃ絶対嫌!…すみません。佐助×かすがは無理。嫌。私もです。こう思っている人が私の他にもいてくださって、ほっとしました。これからもブログを頑張って下さい。

水瀬
2009年7月21日21:51

はじめまして!薫月水瀬です。コメントありがとうございます!
ですよね!佐かすは兄と妹ですよね(笑)
いくら世の中が佐かすプッシュだとしても、どう見たって世話焼き兄ちゃんと反発する妹にしか見えませんもん。私こそ同じ気持ちの方がいて嬉しいですv
ですが、このブログは今後更新がないと思われます…(他の所で新たにHP作りましたので今後はそちらで活動致します)
私の拙いSSを読んでくださっていたなら申し訳ないなと思いまして一応お伝えしておきますね。
でもほんとにありがとうございました!