―――― 一つの時代が 終わった。

世に蔓延りありとあらゆる魔を凝縮して人の形を得た悪意の存在が、討ち果たされた。
織田に蹂躙され散った者達の意を継ぎ、大きく時代が変わろうとしている。
眼下に見えるは四方八方より攻める反織田連合軍。
魔王を失い、統率力を失った織田の残党は烏合の衆も同然であちこち逃げ惑う姿が見えた。
この安土の城もほとんど崩壊し、主なくしては存在できぬように後は朽ちるのみであった。
「……終わったな」
時には戦い時には手を組み、共に織田に真っ向から立ち向かってきた奥州と甲斐。
文字通り全力で魔王を討った。
一人では立っていることもままならないので、互いに肩を組んで荒れ果てた安土の地を見おろしていた。
「……終わりましたな」
これからは織田なき世で再び誰かが天下を掴もうと戦いを繰り広げるのであろう。
このまま休戦などは戦国の世では有り得ないのだから。
しかし各国の諸将が同じ目的の為に集い、共闘したという事実だけは消えることなく残り続ける。
「また乱世が始まる、か」
「承知の上。例え貴殿が相手であろうともこの幸村、決して負けぬ」
何度跳ね返されても、何度倒れても、果たすべき夢がある。
「それにしてもよくここまでの戦力が集まったもんだ。西国の連中を動かすたぁ前田の風来坊もやりやがる」
海からの援護射撃に軍勢を率いての参戦。いずれ敵になるとはいえ、今は頼もしいことこの上ない。
「まみえたことはありませぬが、あれに見えるが四国の長宗我部に、中国の毛利でござるか?」
まだ見ぬ強敵に心躍らせる幸村がそれを見つけ、屋根から身を乗り出した。
肩には政宗を抱えているので心のままに動く幸村に否応なしに引っ張られる。
「ッ真田!テメェ急に動くんじゃ―――、ッ!?」
「うおっ!?」
散々砕けた屋根の上だというのに、幸村が不安定を物ともせずに動くので、瓦礫に足を取られて体勢が崩れる。

そうすることが当然であると、両方から伸ばされた腕が転びかけた両者の体を支える。

「もう、何やってんの。魔王倒したくせにこんな所ですっ転ぶなんてやめてよー、かっこわるい」
「ご無事ですか、政宗様」
「おお佐助!」
「小十郎…、よく戻った」
両従者はそれぞれ主の体を抱き起こすと無事であったことに顔を安堵に緩める。
奥州の双竜は一言二言言葉を交わすと、小十郎が政宗の肩を支えて背を向けた。
「次に会う時は」
「決着の時、でござるな。更に精進を重ねて必ずや某が勝ってみせまする!」
「――強くなれ、真田幸村」
それは唯一認めた好敵手の成長を願うもの。
共に並び立ち、いずれは乗り越えて先を掴む為に強くなってもらわねば困るのだ。
この乱世を生き抜き、決着を果たす為に。


「旦那は、だいじょうぶ?」
伊達軍の元へ戻った双竜を見送った幸村を、静かに佐助は見ていた。
そしてこの場に2人以外いなくなったのを見計らって声を掛けた。
声をかけられた幸村は佐助の方を振り向くと、何がだ、と逆に問うた。
「満足そうな顔してるけど、そういう時こそ自分の怪我には気づかずに放ったらかすからねぇ。痛いとこない?大丈夫?」
「心配性だな佐助は。俺はこの通り平気だぞ」
「ほんと?ならいいけど」
本当だ、と苦笑する幸村には大きな傷こそないものの、魔王との戦いで負った傷はあちらこちらに見られる。戦装束も随分と汚れてぼろぼろの状態だ。
魔王との戦の激しさを言葉なくとも物語っている。
連合軍が勝利したという事実も勿論佐助には重要だが、それよりも優先すべきことはいつだって目の前の主のことだけだ。
怪我をしたとなればすぐにでも手当てしてやりたいし、独眼竜と共闘とはいえあの圧倒的な破壊力の前にはただではすまないことも分かっていた。
勝てるか勝てないかどちらに転ぼうともおかしくなかった。
それでもただひたすらに主を信じて送り出したのだ。
その背を、その命を、一番近くで守ってやりたかったけれど、あの戦いに立ち入ることは無粋で許されないと思っていた。
あの竜の右目ですらも主に全てを託して、自らは織田兵の掃討に当たっていたのだ。
守るべき主が危険に晒されても、手を出せないというはがゆさを抱えながら、無事を願い、信じ続けた。
そして結果、織田を倒してみせた2人の主はその命と共に無事に戻ってきた。
それにどれだけ安心したことか。
心を抉られるような思いを堪えて見守った末に、見せてくれた何よりも尊いその笑顔に。
どれだけ佐助が心揺らされたのかを、きっとこの主は知ることはないだろう。

「佐助」
「ん?なーに旦那」

呼ばれた名に顔を上げて幸村を見れば、何故か眉を寄せて頼りなげな表情を浮かべた幸村がいて。
どうしたのと尋ねる前に幸村の手が伸びて佐助の腕を掴んだ。そのまま顔を佐助の肩に押し当てると、はぁ、と息を吐いた。

「だんな?どしたの、やっぱりどこか痛む――」
「……駄目だな俺は、やはり佐助がいると駄目になってしまう」
「…は?」

いきなり何を言い出すのかと思えば、心外だ。自分がいると駄目だなんて今まで言われたことはない。
例えそうだとしても今この場で言うことはないだろうに、相変わらず読めないひとだと何処か他人事のように思った。
「俺がいない方がいいってこと?旦那ぁいくら俺様でも傷つくわそれ~」
そうだと肯定されれば多少、いやかなり落ち込むだろうが。
聞きたくないが聞かなければすっきりしないので、誤魔化せるように茶化した口振りで聞けば、幸村は弾かれたように顔を上げて佐助を見上げた。
「誰がそう言った!天地が引っくり返ってもありえぬ!だから、俺が言いたいのは、その」
ぎゅ、と掴まれた腕に力が込められる。強い眼差しの鳶色の目がこちらを見据えている。
言い出しにくそうにする幸村のきっかけの為に、佐助は、言ってごらん、と柔らかく促した。
「うう…、だからな俺は、佐助がいると…どうしても、頼ってしまうから、」
「…甘えちゃう?」
「…かもしれぬ。だが、こうして終わってしまえば俺の意地などどうでもいい。…さすけ、よく無事でいてくれた」
確かめるように掴んだ手は佐助の首に回り、頭はことんと胸に預けた。
佐助も応えて腕を腰に回して引き寄せた。
「…それ俺の台詞だと思うんだけどねぇ」
「そう思ったのだから良い。俺の傍にお前がいて初めて戻ってこれたと実感できる」
首にかかる息は落ち着いており、頬に触れる髪はこそばゆくも全てが大切でたまらない。
自分がいると心頼りにしてしまうと言ってくれたが、それはこちらも同じこと。
幸村が佐助に甘えるのと同時に、佐助はそうして幸村を甘やかせることが嬉しいのだ。
彼を知る奥州や前田の者は、それは甘やかしすぎだと半ば笑い話で言うが、それこそが異なる見解であることに気付いていない。
幸村を甘やかしているように見えて、実は佐助が幸村に甘えていることに。
それは遠い昔、年下の彼を生涯唯一の主と決めたあの日から―――猿飛佐助、唯一の我侭と呼べるものだった。
腰に絡めた腕に力を込めて幸村の体を強く抱きしめた。髪に顔を埋め、言葉を耳に落とす。
ありがとう、生きていてくれて。
「―――ご立派でした…よくぞご無事で」



この変わらぬ温もりが、この先もずっとここに在り続けるように。
これからもきっと何度も同じような思いを味わうのだろう。
時代は巡り、流れ、また戦が始まる。
繰り返されるその中でただひとつ、変わらないものがあるとするなら。
このひとを大切だと、愛しく思う気持ちだけ。


「さて、俺らも降りよっか」
「うむ!帰ってお館様に御報告せねば!」
ひとしきり互いの感触を確かめあった後、武田軍と合流すべく下に降りようと幸村の手を引いた。
「っわ!」
すると何かに躓いたようで前のめりにふらつく幸村を咄嗟に抱える。
「旦那!……もー、気をつけてよ」
「はは、こういう所だ、佐助といると気が抜けて敵わぬ」
「ほんと危なっかしいなぁ。これがほんとに魔王倒したひとですかー」
「言うな!」

 



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最終話、主従の会話がなかったんで補足ー!信長倒した後の城の屋根での会話があればいいな、と思った結果です。
幸村は一点集中型なので、全力で戦った後はきっとバタンと電池が切れたように倒れるタイプだと思います。
政宗を支えてるようで実は幸も支えてもらってるとかよくないですか(笑)
で、張り詰めてた所に佐助がきたら、ふっと気が緩んでしまう。
幸にとっての落ち着ける場所はいつだってあの忍がいるところなんだよ。


うぉわっ!!
ごくつなアンソロに大好きな真田主従の作家さんが…!まさかごくつな描いてたなんて…!
広いネット世界で同じジャンルの同じ2人を同じ組み合わせで好きになってる方が、別のジャンルでも好きカプが一緒とか…運命だこれは(笑)
読み返しててびっくりした。この絵柄みたことあるなぁと思って名前見てみると、あの方ではないか!と。
2つとも同じジャンルが好きで描かれてる方は沢山いますけど、好きカプまで同じ方にはそう会えませんよね…。
びっくりした!ほんとにびっくりしたんだ…告白でもしてこようかな(笑)

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